Prof.Sawadaの薬剤師ヒヤリ・ハット・ホット
事例205

腎機能低下に気づかず、ジャディアンス錠とグラクティブ錠が継続処方されていた

ヒヤリした!ハットした!

中等度腎機能障害のある患者に、「血糖降下作用が十分に得られない可能性がある」と考えられているジャディアンス錠<エンパグリフロジン>が処方され、さらに減量が必要であるグラクティブ錠<シタグリプチンリン酸塩水和物>が継続処方されていた。薬剤師から医師へ、ジャディアンス錠の中止、グラクティブ錠の減量または薬剤変更が提案され、結果、トラゼンタ錠<リナグリプチン>へ処方変更となった。その後、糖尿病の悪化から、糖尿病専門医の診察を受けて強化インスリン療法が実施され、血糖値は改善し、安定している。

<処方1>70歳台の女性。内科クリニック。

1)グラクティブ錠50mg 2錠 1日1回朝食後14日分
アムロジピンOD錠5mg「日医工」 1錠 1日1回朝食後14日分
ジャディアンス錠10mg 1錠 1日1回朝食後14日分
2)ドネペジル塩酸塩OD錠5mg「明治」 1錠 1日1回夕食後14日分

*グラクティブ錠は『トラゼンタ錠 5mg 1錠 1日1回 朝食後』に変更となった。

<効能効果>

●グラクティブ錠12.5mg・25mg・50mg・100mg<シタグリプチンリン酸塩水和物>
2型糖尿病
●ジャディアンス錠10mg・25mg<エンパグリフロジン>
〈ジャディアンス錠10mg・25mg〉
2型糖尿病
〈ジャディアンス錠10mg〉
慢性心不全
ただし、慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る。
慢性腎臓病
ただし、末期腎不全または透析施行中の患者を除く。
●トラゼンタ錠5mg<リナグリプチン>
2型糖尿病

どうした?どうなった?

特別養護老人ホームに入所中の患者である。昨年6月に転倒して骨折したため、病院へ入院していた。同年11月には完治し、介護施設に戻った。かかりつけの内科クリニックから、入院前と同じ<処方1>が再開された(入院中にも使用していた)。この時点では、患者の体表面積補正後のeGFRは80mL/min/1.73m2であったため、処方内容に特に問題はないと考えられた。
*70歳代の女性、身長:140cm、体重:40.0kg、血清Cr:0.55mg/mL、eGFR:80.17mL/min/1.73m2、eCCr:56.67mL/min
本年3月、薬剤師が定期的に実施されている臨床検査の結果を確認したところ、腎機能が低下していることが発覚した。
*70歳代の女性、身長:140cm、体重:40.0kg、血清Cr:0.95mg/mL、eGFR:43.92mL/min/1.73m2、eCCr:32.31mL/min
さらに、血糖値(食間)199mg/dL、HbA1C8.7%であり、血糖コントロールができていないことが判明した。eGFRからは中程度の腎機能障害であることが推測され、糖尿病薬の処方に不適切な点があると考えられた。
ジャディアンス錠は、臨床試験の結果から、eGFR45mL/min/1.73m2未満の中等度腎機能障害患者では血糖降下作用が得られなくなる恐れがあるとされている。
また、併用しているグラクティブ錠は腎排泄型薬剤であるため、クレアチニンクリアランス(CCr:mL/min)30≦CCr<50の中等度腎機能障害の場合、1日1回25mg、最大50mgへと減量するか、腎排泄の寄与の少ない他のDPP4阻害薬(トラゼンタ錠など)へ変更する必要があると考えられた。薬剤師は、これらの情報を医師に提供するために疑義照会を行った。
その結果、ジャディアンス錠は中止、グラクティブ錠はトラゼンタ錠に変更になった。
しかしその後、血糖値が改善しなかったため、糖尿病専門医のいる病院へ受診し、入院となった。患者は病院にて強化インスリン療法を受けた後、退院後も介護施設で対応できるように昼食前のインスリン投与(ノボラピッド30R注)と経口糖尿病薬(ボグリボース、エクア等)にて血糖値が改善し、現在は介護施設にてHbA1C5.9%と安定を保っている。

なぜ?

かかりつけの内科クリニックでは、2ヵ月に一度の血液検査を実施していたが、医師が血清クレアチニン値(女性の場合、基準値は1.0mg/dL以下)だけを見て、腎機能が正常だと考えていた。
また、糖尿病の治療については、内服薬をしばらく続け、改善しないようであれば専門病院へ受診することになっていた。

ホットした!

高齢者=腎機能低下患者と考え、高齢者の服用薬では、常に腎機能(体表面積で補正しないeGFR、eCCrなど)をチェックする。
医師には『eGFR・eCCrの計算』(薬物投与量設定に使用する腎機能推算式:日本人のGFR推算式(eGFR)、クレアチニンクリアランス推算式(eCCr))のアプリを使用して腎機能をチェック、処方作成に反映するように依頼する。
*日本腎臓病薬物療法学会、https://www.jsnp.org/egfr/

もう一言

1)ジャディアンス錠の2型糖尿病患者へ使用する場合の使用上の注意など
<重要な基本的注意>
腎機能障害のある患者では経過を十分に観察し、特に高度の腎機能障害患者に本剤を投与する際には、腎機能障害の悪化に注意すること。2型糖尿病の血糖コントロール改善を目的として使用している患者においては、継続的にeGFRが45mL/min/1.73m2未満に低下した場合は投与の中止を検討すること。
<腎機能障害の背景を有する患者に関する注意:2型糖尿病>
*高度腎機能障害患者または透析中の末期腎不全患者には、血糖コントロール改善を目的として投与しないこと。本剤の血糖降下作用が期待できない。
*中等度腎機能障害患者には、血糖コントロール改善を目的とした投与については、その必要性を慎重に判断すること。本剤の血糖降下作用が十分に得られない可能性がある。
<腎機能低下2型糖尿病患者を対象とした国際共同第Ⅲ相試験>
腎機能障害を有する2型糖尿病患者に、本剤10mgまたは25mgを1日1回52週間経口投与したプラセボ対照二重盲検比較試験が実施された。投与24週時のHbA1cの投与前値との比較が行われた。本剤10mgは軽度腎機能障害患者(eGFR60mL/min/1.73m2以上90mL/min/1.73m2未満)で、本剤25mgは軽度腎機能障害患者および中等度腎機能障害患者(eGFR45mL/min/1.73m2以上60mL/min/1.73m2未満)において、いずれもプラセボ投与群と比べ有意な低下が認められた。
<腎排泄>
日本人健康成人男性にエンパグリフロジン10mgおよび25mgを単回経口投与したときの投与後72時間までの尿中未変化体排泄率はそれぞれ投与量の21.3%および22.9%であり、一部腎排泄型である。代謝においてCYPの関与はほとんどないと考えられており、その他の体内消失のメカニズムは不明である。
(ジャディアンス錠の添付文書)

2)グラクティブ錠の腎排泄と腎機能に応じた用法用量
健康成人にシタグリプチン25∼100mgを単回経口投与した場合、シタグリプチンの79∼88%は尿中に未変化体として排泄された。本剤は腎排泄型の薬剤と言える。従って、腎機能に応じた投与量の目安が以下のように設定されている。
*中等度腎機能障害
クレアチニンクリアランス(mL/min):30≦CrCl<50
血清クレアチニン値(mg/dL):男性:1.5<Cr≦2.5、女性:1.3<Cr≦2.0
通常投与量:25mg1日1回
最大投与量:50mg1日1回
*重度、末期腎不全
クレアチニンクリアランス(mL/min):CrCl<30
血清クレアチニン値(mg/dL):男性:Cr>2.5、女性:Cr>2.0
通常投与量:12.5mg1日1回
最大投与量:25mg1日1回
(グラクティブ錠の添付文書)

3)トラゼンタ錠の消失メカニズム
日本人健康成人に本剤5mgを単回経口投与したときの投与24時間後までの尿中未変化体排泄率は約0.6%であり、腎排泄型ではない。CYP3A4による代謝が報告されているが、寄与は低いと考えられている。他の消失メカニズムは不明である。
(トラゼンタ錠の添付文書)

[国試対策問題]

問題:糖尿病患者が以下の処方箋を持って保険薬局に来局した。なお、この薬局には初めての来局である。

(処方1)
ボグリボース錠0.2mg 1回1錠(1日3回)
 1日3回朝昼夕食直前 30日分
シタグリプチンリン酸塩水和物錠50mg 1回1錠(1日1回)
 1日1回朝食前 30日分
エンパグリフロジン錠10mg 1回1錠(1日1回)
 1日1回朝食前 30日分

処方されたこれらの薬剤で注意すべきこととして、正しいのはどれか。2つ選べ。
1ボグリボースの副作用として、尿路感染症に注意する。
2シタグリプチンは腎機能に中等度以上の低下を認める患者では減量しなければならない。
3シタグリプチンの副作用として、放屁に注意する。
4エンパグリフロジンは肝機能が低下した患者では減量しなければならない。
5エンパグリフロジンの副作用として、尿路感染症に注意する。

【正答】2、5
2シタグリプチンは腎排泄型の薬剤であり、腎機能に応じて用量調節をする必要がある。
5エンパグリフロジンをはじめとするSGLT2阻害薬では、尿中へのグルコース排泄促進作用により、尿路感染や性器感染を起こしやすい状態となる。

*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。

薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。

記事作成日:2024年4月5日

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