
ワルファリン服用中の患者がノコギリヤシを併用していた
ワーファリン錠を服用中の患者からノコギリヤシとの併用について相談され、問題はないが医師に伝えるように説明した。しかし、後で文献などを調べると、ノコギリヤシには出血の事例報告があることが判明し、服薬指導が不十分であることが分かった。
<処方1>60歳代の男性。A内科クリニック。
ワーファリン錠1mg | 2錠1日1回朝食後30日分 |
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デベルザ錠20mg | 1錠1日1回朝食後30日分 |
タムスロシン塩酸塩OD錠0.2mg「サワイ」 | 1錠1日1回朝食後30日分 |
プロピベリン塩酸塩錠20mg「あすか」 | 1錠1日1回朝食後30日分 |
<効能効果>
●ワーファリン錠0.5mg・錠1mg・錠5mg・顆粒0.2%
血栓塞栓症(静脈血栓症、心筋梗塞症、肺塞栓症、脳塞栓症、緩徐に進行する脳血栓症等)の治療および予防
患者は、前立腺肥大症のためタムスロシンを服用していた。それ以外にノコギリヤシのサプリメントを以前から摂取していたが、今まで医師や薬剤師には伝えていなかった。
今回、患者はサプリメントの併用について薬剤師に相談した(相談するに至った理由は不明である)。
患者:「ノコギリヤシを飲んでいるが、大丈夫でしょうか?」
薬剤師は、ノコギリヤシに抗アルドステロン作用があることを調べ、大きな問題はないと考えた。
薬剤師:「特に問題はありませんが、医師へ併用している旨を伝えるようにしてください」
しかし、後で文献などを詳しく調べたところ、ノコギリヤシには出血の事例報告があることが分かった。薬剤師はすぐに患者へ電話して、説明が足りなかったことをお詫びした。
薬剤師:「ノコギリヤシの摂取でワーファリン錠の効果が強まるかもしれません。痣や鼻血がよく起こるようであればご連絡ください」
患者は、前立腺肥大症のためのサプリメントとしてノコギリヤシを併用していることを医師や薬剤師に伝えていなかった。
薬剤師は、ノコギリヤシについての断片的な情報だけで服薬指導してしまった。
患者には、サプリメントなどを飲んでいたり、新たに飲み始めた際は、薬剤師に知らせるように伝えておく。また、新たな併用薬やサプリメントなどがないか、薬剤師から患者へ積極的に確認していく必要がある。
薬剤師は、患者からの使用薬とサプリメントとの相互作用(併用の可否)や、疾患との相性などの質問には、詳細に調べてから答えるように注意する。
1.ノコギリヤシの薬理作用について[文献1-2)]
ノコギリヤシ(Saw Palmetto)は北米産のヤシ科の植物で、果実の油性成分が薬用に用いられる。欧米では、前立腺肥大による排尿障害を改善するために広く用いられ、1990年代前半は医薬品として販売されたこともあるが、現在はサプリメントとして扱われている。
ノコギリヤシは、テストステロンからジヒドロテストステロンへの変換に関わる5α-還元酵素を阻害し、前立腺肥大の原因であるジヒドロテストステロンの生成を阻害すると考えられている。また、前立腺細胞にあるジヒドロテストステロン受容体に対する拮抗作用も考えられている。ほかにも抗アルドステロン作用、抗エストロゲン作用、抗炎症作用なども報告されている。
ノコギリヤシの前立腺肥大症を対象とした試験については、医薬基盤・健康・栄養研究所の「素材情報データベース」(https://hfnet.nibn.go.jp/material-infodb/)を参照されたい。文献報告の概要が簡潔にまとめられている。
2.ノコギリヤシの安全性と出血症例報告について[文献2-3)]
ノコギリヤシでは、関連性が疑われる肝機能障害や急性膵炎などの有害事象の報告があるため、注意が必要である。ノコギリヤシの健康被害情報についても、前述のデータベースを参照されたい。
また、ノコギリヤシ服用時の出血の症例報告がある。一例として、髄膜腫の50歳代・男性で、外科手術を行った際に激しい出血が見られた。術前の抗血栓薬や非ステロイド系抗炎症薬の投与はなく、出血性疾患もなかったが、術後に測定した出血時間は延長していた。患者は良性前立腺肥大のためにノコギリヤシを服用していたことが判明し、ノコギリヤシを中止したところ、出血時間は正常化した。[文献3)]
出血の症例報告があることから、血液凝固抑制薬や抗血栓薬の作用が増強され、痣や出血が生じる可能性が高くなると考えられている。ノコギリヤシと血液凝固抑制薬や抗血栓薬とは併用可能とする文献や書籍もあるが、念のため注意は必要であろう。
【引用文献】
1)蒲原聖可,医療従事者のためのEBMサプリメント辞典,p.317-326,医学出版社,2006.
2)吉川敏一他編,医療従事者のための【完全版】機能性食品(サプリメント)ガイド,p.62-63,講談社,2004.
3)CheemaPetal.,JInternMed.250(2):167-169,2001.
[国試対策問題]
問題:いわゆる「健康食品」に関する次の記述のうち、誤っているのはどれか。1つ選べ。
1 いわゆる「健康食品」とは、法律上の定義はなく、健康の維持・増進に特別に役立つ効果を期待して摂られている食品全般のことである。
2 国が定めた安全性や有効性に関する基準などに従って食品の機能を表示するものとして「保健機能食品制度」がある。
3 「特定保健用食品」とは、製品ごとに有効性や安全性について国の審査を受け、消費者庁長官が保健機能(健康の保持・増進に役立つ効果など)の表示を許可した食品である。
4 「栄養機能食品」とは、有効性や安全性の科学的根拠が明らかとなっているビタミンやミネラルなどの栄養成分の補給のために利用される食品であり、栄養成分を含んでさえいれば、その機能を表示できる。
5 「機能性表示食品」とは、国の定めるルールに基づき、安全性と機能性に関する科学的根拠などの必要な事項を消費者庁長官に届け出、事業者の責任において機能性を表示した食品である。
【正答】4
4 当該栄養成分の量(一日当たりの摂取目安量)が、定められた上・下限値の範囲内にある必要がある。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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