
酸化マグネシウムとポリスチレンスルホン酸Caの相互作用
ポリスチレンスルホン酸Ca経口ゼリーを服用しているにもかかわらず血清カリウム値が5.7と上昇したため、マグミット錠<酸化マグネシウム>により効果が減弱した可能性を疑い、両者の服用時点をずらしたところ、約1ヵ月後に血清カリウム値は4.2と基準値範囲に戻った。
<処方1>70歳代の女性。病院の内科。
ボグリボースOD錠0.2mg | 3錠1日3回毎食直前14日分 |
---|---|
アムロジピンOD錠5mg | 1錠1日1回朝食後14日分 |
トラゼンタ錠5mg | 1錠1日1回朝食後14日分 |
ポリスチレンスルホン酸Ca経口ゼリー20%分包25g「三和」 | 1個1日1回夕食後14日分 |
マグミット錠500mg | 3錠1日3回毎食後14日分 |
*eGFR:43.8(CKD重症度分類:G3b)、HbA1c:7.0、マグネシウム値:2.6
<効能効果>
●マグミット錠200mg・250mg・330mg・500mg・細粒83%<酸化マグネシウム>
○下記疾患における制酸作用と症状の改善
胃・十二指腸潰瘍、胃炎(急・慢性胃炎、薬剤性胃炎を含む)、上部消化管機能
異常(神経性食思不振、いわゆる胃下垂症、胃酸過多症を含む)
○便秘症
○尿路蓚酸カルシウム結石の発生予防
●ポリスチレンスルホン酸Ca経口ゼリー20%分包25g「三和」
急性及び慢性腎不全に伴う高カリウム血症
介護施設に入所している患者である。腎機能が悪く、血清カリウム値が上昇し、ポリスチレンスルホン酸カルシウムが処方追加された。
その後、6月ごろまでは血清カリウム値は5.0であったが、9月には5.3、12月には5.6と徐々に上昇し、慢性腎不全患者の目標カリウム値5.5を超えた。四肢の麻痺や脱力感などの副作用症状は現れていなかった。施設の食事内容に大きな変化はなく、薬剤を含めカリウム値が上昇する可能性が見つからなかった。
薬剤師は、酸化マグネシウムとポリスチレンスルホン酸カルシウムの相互作用の可能性を疑い、夕食後の酸化マグネシウムとポリスチレンスルホン酸カルシウムの服用時点をずらすことを考えた。具体的には、朝の服用薬数が多いことや、ポリスチレンスルホン酸カルシウムが増量されて朝に追加される可能性も想定し、酸化マグネシウムを全て昼食後にまとめることを考えた。医師に了解を得た後、看護師、ケアスタッフに説明し、しばらく様子を見ることになった。
1ヵ月後、カリウム値は4.2に低下していた。なお、酸化マグネシウムの服用時点の変更による排便への影響は、本人の自己申告では毎日排便があり、看護師の診察でも腸の動きは良く、腹満はないとのことであるため、問題は生じていないと判断している。
ポリスチレンスルホン酸カルシウムの添付文書の相互作用の項には、「非選択的にアルミニウム、マグネシウム又はカルシウムを含有する制酸剤又は緩下剤の陽イオンと交換する可能性があり、本剤の効果が減弱するおそれがある」として、具体的な薬剤名として「乾燥水酸化アルミニウムゲル、水酸化マグネシウム、沈降炭酸カルシウム等」の記載があるが、酸化マグネシウムは記載されていない。また、文献検索の結果、酸化マグネシウムとポリスチレンスルホン酸カルシウムの相互作用の程度を示す明確なデータもなかった。
一方、マグミット錠(酸化マグネシウム)の添付文書には、「高カリウム血症改善イオン交換樹脂製剤(ポリスチレンスルホン酸カルシウム、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム)の効果が減弱するおそれがある(マグネシウムがこれらの薬剤の陽イオンと交換するためと考えられる)」との記載がある。
薬剤師は、アルミニウム、マグネシウムなどを含有する制酸剤または緩下剤の相互作用は、乾燥水酸化アルミニウムゲル、水酸化マグネシウムでは強いが、酸化マグネシウムではさほど強くない印象を持っており、カリウム値も定期的に測定されているため、併用による問題は生じないだろうと思っていた。
患者の腎機能は悪く、ちょっとした要因でも電解質は変動する。併用禁忌でない薬物相互作用であっても、カリウム値などの変動には注視する必要がある。
Drug Interaction Probability Scaleによる相互作用の評価を行ってみよう。Drug Interaction Probability Scaleとは、相互作用による有害反応の因果関係を判定するためNaranjoスケールを基に設計された評価指標である(文献1)。
筆者が文献中の設問を和訳し、表形式にまとめたものを以下に示す。
設問 | はい Yes |
いいえ No |
不明・非該当 Do not know |
|
---|---|---|---|---|
1. | 過去にヒトにおけるこの相互作用に関する確かな報告が既に存在するか? | +1 | -1 | 0 |
2. | 観察された相互作用は precipitant drug の既知の相互作用の特徴と一致するか | +1 | -1 | 0 |
3. | 観察された相互作用は object drug の既知の相互作用の特徴と一致するか | +1 | -1 | 0 |
4. | 有害事象は相互作用の既知のもしくは妥当な時間経過(発現や消失)と一致するか | +1 | -1 | 0 |
5. | object drug は変更せずに precipitant drug を中止した場合に相互作用は緩解したか | +1 | -2 | 0 |
6. | object drug を継続したままで precipitant drug を再投与した場合に相互作用は再現したか | +2 | -1 | 0 |
7. | 有害事象に妥当なその他の原因はあるか | -1 | +1 | 0 |
8. | object drug の血中濃度や他の体液中濃度は想定される相互作用と一致していたか | +1 | 0 | 0 |
9. | 相互作用は object drug への影響(8の薬物濃度以外)と一致する客観的エビデンスによって確認されたか | +1 | 0 | 0 |
10. | precipitant drug の投与量を増量した場合は相互作用が増強し、減量した場合は減弱したか | +1 | -1 | 0 |
相互作用を引き起こす薬物がPrecipitant Drug、相互作用により影響を受ける薬物がObject Drugである。合計点が9以上の場合「Definite(確実な)」、5~8の場合「Probable(可能性が高い)」、1~4の場合「Possible(可能性がある)」、0以下の場合「Doubtful(疑わしい)と評価する。
本事例では+4(可能性がある)と評価された。
<文献>
1.HornJRetal.,AnnPharmacother.41(4):674-680,2007.
[国試対策問題]
問題:次の医薬品のうち、血清カリウム値を上昇させる可能性のあるものはどれか。2つ選べ。
1 スピロノラクトン
2 フロセミド
3 センノシド
4 ロサルタン
5 芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)
【正答】1、4
1 抗アルドステロン薬であり、ミネラルコルチコイド受容体を阻害し、集合管でのK排泄を低下させる
4 アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)であり、AT1受容体を阻害することでアルドステロン分泌を抑制し、集合管でのK排泄を低下させる
2、3、5は、血清カリウム値を低下させるおそれがある。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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