
イナビル吸入粉末剤を経鼻吸入しようとした患者
イナビル<ラニナミビル>の使い方を説明したあと、薬局で吸入してもらおうとしたところ、患者は鼻から吸入しようとした。患者は本剤の外観から点鼻薬だと勘違いしており、薬剤師の「口で吸う」という説明を聞いていなかった。
<処方1>70歳代の男性。病院の循環器科。
イナビル吸入粉末剤20mg | 2キット1日1回1キット4吸入ずつ |
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<効能効果>
●イナビル吸入粉末剤20mg<ラニナミビルオクタン酸エステル水和物>
A型又はB型インフルエンザウイルス感染症の治療およびその予防
初めて来局した患者で、イナビル吸入粉末剤が処方されていた。投薬を担当した薬剤師が薬局で吸入していくかと尋ねたところ、患者は自宅に帰ってから使用すると答えた。
薬剤師は患者に、イナビル吸入粉末剤の使用方法を指導せんに沿って、デモ器を見せながら説明した。
薬剤師:「口ですぅーっと深く吸ってください」
患者は鼻水が垂れてくるのを拭きながら説明を聞いており、インフルエンザ罹患中のため少しボーっとし、説明書を読むのも面倒くさそうな様子が見受けられ、薬剤師はきちんと理解できているのか疑問に思った。
薬剤師:「1回、吸入してしまえば終わるので、今、吸入してしまいましょう」
すぐに吸入するように患者を説得し、その場で使用してもらおうとしたところ、患者はイナビル吸入粉末剤を鼻にあてて吸おうとした。薬剤師は、慌てて、鼻ではなく口にくわえて吸うように説明し、患者は正しく吸入できた。
なぜ、鼻から吸おうとしたのか尋ねた。
患者:「以前、点鼻薬を使用したことがあり(商品名は不明)、イナビルの容器が小さめで点鼻薬のようだったので、鼻で吸うと思った」
口から吸入している写真が掲載されている指導箋を見せて説明し、「口ですぅーっと深く吸ってください。」と指導したにもかかわらず、患者は間違って認識していた。高齢でインフルエンザのため体調が悪く、薬剤師の説明をほとんど聞いていなかった可能性がある。
また、患者は本剤の外観から点鼻薬をイメージしており、薬剤師の「口で吸う」という説明を聞いていなかった。本製剤は本体の吸入口が小さく、鼻腔に入りうる構造であることが患者の誤解につながったと思われる。
吸入薬など使用方法が煩雑な製剤に関しては、患者の「分かった」「大丈夫」という言葉を鵜呑みにするのではなく、患者の表情や態度なども観察して、患者が適正使用できるかどうか判断する。少しでも懸念があれば、薬局カウンターで実行してもらうことも必要である。
薬剤師にとっては常識(本事例では、イナビル吸入粉末剤は口から吸入すること)であっても、患者にとっては初めてのことが多いので、服薬指導は患者の理解度に合わせて、丁寧に行う必要がある。
イナビル吸入の誤使用の症例報告
製造販売元に問い合わせたところ、2010年10月の販売開始以降2014年までに、イナビル吸入の投与経路を誤って使用した症例が35例〔鼻から吸入29例、経口服用6例(容器を開けて粉を取り出し、水で溶いて飲んだなど)〕報告されているとのこと。
なお、鼻腔に入らないような吸入口にすると、幼児の口に入らないという理由で、容器を変更する計画は今のところないとのことであった。
[国試対策問題]
問題:吸入剤の服薬指導に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
1 吸入直前に息を強く吐き出してから吸い込むように説明する。
2 加圧式定量噴霧吸入器は噴霧したあと、任意のタイミングで吸入するように説明する。
3 ドライパウダー吸入器は自己の吸気で吸入を行うため、十分な吸気力があるかを確認する。
4 吸入薬は、全身性の副作用がないと伝える。
5 吸入指導を行う場合は、口頭での説明だけではなく、吸入練習器具を用いて実践させることが望ましい。
【正答】3、5
1 吸入する前には無理をしない程度に息を吐く。
2 加圧式定量噴霧吸入器は、吸気と噴霧を同調させる必要があり、薬剤噴霧のタイミングに合わせて吸入するように説明する必要がある。
4 吸入薬であっても全身性の副作用があらわれるおそれはある。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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