
在宅介入した薬剤師からの情報で生活改善
ケアマネジャー(以下ケアマネ)より「まったく服薬できていない患者がいる」と紹介された患者に対して、薬剤師は、1ヵ月間、週4回夕方に訪問し、血圧測定や服薬状況、生活の状況などを確認した。その中で、認知機能が低下しており、食事内容の偏り、室内での排便などの問題行動も見られたため、その状況を主治医、ケアマネに報告した。それにより、減薬となり、また、デイサービスの利用の増加、配食弁当の利用など介護サービスも充実され、生活状況は落ち着いた。
<処方1>80歳代の女性。内科クリニック。
ノルバスク錠5mg | 1錠1日1回朝食後 |
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イルトラ配合錠LD | 1錠1日1回朝食後 |
アトルバスタチン錠10mg | 1錠1日1回朝食後 |
ツムラ釣藤散(チョウトウサン)エキス顆粒 | 5g1日2回朝夕食前 |
ツムラ桂皮加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)エキス顆粒 | 2.5g 1日1回寝る前 |
センノシド錠12mg | 1錠1日1回寝る前 |
<処方2>
ノルバスク錠5mg | 1錠1日1回朝食後 |
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アルダクトンA錠25mg | 1錠1日1回朝食後 |
アトルバスタチン錠10mg | 1錠1日1回朝食後 |
*センノシド錠は残薬で対応。
<効能効果>
●センノシド錠12mg<センノシド>
便秘症
ケアマネより「まったく服薬できていない患者がいる」と新規の患者を紹介され、ケアマネ同伴で患者宅を訪問した。
ケアマネ:「○○さん、薬いつ飲んだの?」
患者:「今朝、飲んだと思う。昨日は飲んだかな?夜残っている?あれ?」
ケアマネ:「こんな調子なので、しっかり飲めるように見ていただけませんか。血圧も、このところ180を超えています。デイサービスでも、だるいと言って横になることも多くて…」
薬袋を回収して薬局に戻り残薬を確認すると、<処方1>の内容で一包化された朝に服薬する錠剤が26包、釣藤散(チョウトウサン)エキス顆粒が52包、桂皮加芍薬大黄湯(ケイシカシャクヤクダイオウトウ)エキス顆粒が24包、センノシド錠が26錠あった。前回の受診からの日数を考えると、ほぼ服用できていないと考えた。
クリニックを訪問し、主治医に残薬状況を報告した。
主治医:「今までそんなに飲んでいないなら、薬はいらないんじゃない?薬局さんが訪問したいんだったら、すればいいよ。でも毎日きちんと飲ませると、逆に血圧が下がりすぎないか心配だね。」
薬剤師は、しばらくは手持ちにある薬で現状を確認し、その経過を見た上で調整してはどうかと医師に提案し、医師から訪問依頼書を頂いた。患者宅を訪問し、お薬カレンダーに残薬を1週間分セットし、お薬カレンダーからの服用方法を患者に説明した。
その後、服薬状況が悪いとのことで、デイサービスが週2回から週3回(火・水・土)になり、また、介護ヘルパーが週2回(月・木)、患者の息子が日曜日に訪問し、朝分を服薬させている。彼らの訪問がない金曜日は、患者本人に任せる形となった。薬剤師は、週4回夕方に訪問し、1ヵ月間様子を見たが、お薬カレンダーの残薬状況から、朝以外の夕と寝る前の漢方エキス剤およびセンノシド錠は飲まれることはなかった。
周りの支援もあり、朝分だけは金曜日以外は服用できるようになり、血圧も180台から140台まで低下した。患者にめまいやふらつきを確認するが、「何もない」とのことであった。寝る前のセンノシド錠を服薬していないが、患者は「排便がある」と答えられた。
これらの状況を薬剤師からケアマネへ報告した。
ケアマネ:「独居で友人もおらず、ご自分では食事の用意もできないようです。薬も毎日飲んでほしいので、デイサービスを増やしましょう。週3回から週4回にします」
介護ヘルパーの週2回と息子の日曜日の訪問と合わせて、金曜日を含め週7回の服薬支援が可能となった。以上の状況を薬剤師から主治医に伝え、服用できていない漢方エキスは処方中止、センノシド錠は便秘時に服用することにして、残薬があるため処方中止を提案した。
主治医:「漢方は飲まないから中止。毎日飲まれるなら、降圧剤は規格単位を下げましょう」
<処方2>に変更となった。週4日間はデイサービスのため施設で薬を保管、残りの3日間はお薬カレンダーにセットすることとなった。また、朝食後で飲めなかった時は、昼食後で服薬させてほしいとルールを決めた。
*排便について
センノシド錠は、患者から「便が出ない」という訴えがあった場合に1錠を飲ませるとことになったが、本人から訴えはなかった。
その後、介護ヘルパーからの連絡で、「患者が部屋に新聞紙を敷き詰めて排便していた」と連絡があった。トイレで排便せず、自分で市販の下剤を過量服用し、さらに浣腸を使って便を出していることが発覚した。また、下剤を飲みすぎると市販の下痢止めを飲んでいることも発覚した。
薬剤師は、センノシド錠を朝の薬に1錠追加して服薬することを医師に提案し、そのとおり服用することになった。当初は便が柔らかいという訴えもあったが、排便の時間はバラバラでも、1日1回は排便があるようになった。また、部屋の中での排便も行われなくなった。
*食事について
訪問を開始した当初は、夕食は近所から弁当の配達であったが、患者は少量を食べて廃棄していた。患者の息子が3個のおにぎりの配達に変更したが、患者は紙袋のまま放置していた。そのため、患者の息子が訪問できるときに、大量にパンや寿司、麺といった食事を差し入れている状況であった。
薬剤師は、夕方に血圧測定のため訪問していたため、患者の夕食の状況を把握することができた。訪問したその時々の様子を報告書に記載し、ケアマネからお礼をもらった。
ケアマネ:「きちんとした食事がとれていないことが分かりました。患者は同じものが続くと飽きてくるようです。内容も偏っているようですし、差し入れる息子さんも大変です。配食弁当をしてくれるところを何社か回転して食べてくれるように手配しましょう。ここまで介入できるようになったのも、あなたが定期的に報告してくれたから分かったんです。ありがとうございます」
その後、デイサービスの施設から配食弁当が提供されるようになり、患者は「毎日温かいものが食べられる」と喜んで食べるようになり、残すことも少なくなった。
*情動について
患者は激高しやすく、一つのことにこだわりを持ち、扱いにくい性格であるという話を聞いていた。しかし、薬剤師の訪問は嫌がられることはなく毎日続き、血圧を測り、体調を確認し、世間話も行われるようになった。一時はずっとベッドに横たわっていることが多かったが、介護ヘルパーの介入もあり、洗濯も自分で行い、電子レンジでインスタント食品を温めることもできるようになった。
独居の患者の場合、認知機能の低下が起こると、病歴や生活リズムなどの聞き取りが難しくなり、別居の家族もそれらを把握していない場合がある。また、大病院からの紹介や近医からの転院であったりすると、主治医も処方意図を十分に把握していない場合もある。今回は、ケアマネからの紹介をきっかけに薬剤師が関与するようになり、日々の血圧や排便の状況を把握することで、最終的には減薬することができた。
デイサービスの利用(週4)、介護ヘルパーの訪問(週2)、患者の息子の訪問(週1)によって、服薬管理がきちんと行えるようになった。一方で、彼らは患者の生活の様子を詳細に把握できていなかった。薬剤師が、血圧測定や服薬管理だけでなく、訪問時に見たり、聞き取った患者の様子をケアマネへ報告することで、介護サービスの充実につなげることができた。
なお、患者の問題行動がなくなったのが、減薬によるためか、介護サービスの充実のためか、認知機能低下が進行したためかなどの詳細は不明である。
在宅医療・介護において、多職種連携が重要であることは言うまでもない。その中で、医師、薬剤師、看護師、介護士等がそれぞれの専門性を発揮して連携することはもちろんであるが、自身の専門以外の部分でも情報共有は重要である。薬剤師は、服薬管理だけでなく、訪問時に見聞きした患者の生活の様子に関する情報を、多職種と共有するべきである。
本事例は在宅における薬剤師の役割を具体的に臨場感を持ってまとめた事例である。単に、薬剤関係の困り事ばかりではなく、周辺の情報も収集し、他の医療者や介護関係のスタッフに提供することによって生活状況が大きく改善していることが分かる。
[国試対策問題]
問題:90歳代の女性。本人の希望により家族(娘)の介助のもとで在宅にて療養をすることになった。薬局薬剤師が在宅訪問を行うにあたり、介護支援専門員から、「本人は、経管栄養をやめたいと希望している」と報告された。一方、在宅訪問した際に、家族からは「元気になってほしいので、経管栄養を続けてほしい」との意向を聴取した。薬剤師の対応として、適切なのはどれか。2つ選べ。
1 家族より患者の意思を優先すべきなので、薬剤師が経管栄養の管を抜去した。
2 患者より家族の意見を優先すべきなので、介護支援専門員からの報告は考慮しなかった。
3 患者に、どうして経管栄養をやめたいのか聞き取りをした。
4 医師や在宅医療に関わる多職種と情報共有し、患者や家族と話し合った。
5 担当医師の方針に同意しなければ、在宅医療を継続できないことを患者に伝えた。
【正答】3、4
1 治療方針は、患者と家族の双方の意見を考慮して決定する必要がある。また、経管栄養の管の抜去は医行為であり、薬剤師が行うことはできない。
2 治療方針は、患者と家族の双方の意見を考慮して決定する必要がある。介護支援専門員からの報告も本人の意見として考慮する必要がある。
5 担当医師の方針に同意しなくても、在宅医療は継続できる。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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