
在宅患者、昼分の薬を飲まない理由は昼食が摂れないから
在宅患者で、昼分の薬を殆ど服用できていなかった。家庭の事情(昼間は家族全員が外出している)から昼の食事がないため、昼食後の服薬ができなかったことが最大の理由であることが判明した。患者は薬を服用するには食事摂取が必要と考えており、昼食を摂っていないため薬は飲めないと判断していた。最終的には、コロナの影響で家族が在宅勤務となり、自分の昼食とともに、患者の昼食も用意するようになったため、昼分の服薬状況は改善した。
<処方1>60歳代の男性。病院の麻酔科。
ノリトレン錠10mg | 2錠 1日1回 夕食後 |
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リリカOD錠150mg | 1錠 1日1回 夕食後 |
バルプロ酸ナトリウム徐放錠200mg | 2錠 1日1回 夕食後 |
リリカOD錠75mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
ツムラ五苓散(ゴレイサン)エキス | 顆粒7.5g 1日3回 毎食前 |
ツムラ桂皮加朮附湯(ケイシカジュツブトウ)エキス | 顆粒7.5g 1日3回 毎食前 |
クラシエ桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)エキス | 細粒6g 1日3回 毎食前 |
ブシ末 | 1.5g 1日3回 毎食前 |
一包化但し漢方は混合せず |
*ほかに病院の整形外科から、エペリゾン塩酸塩錠50mg、マグミット錠330mg、テルミサルタン錠40mg、ランソプラゾールカプセル15mg、エチゾラム錠0.5mg、ブロチゾラム錠0.25mg、ノルスパンテープ20mgが処方されている。
<効能効果>
●リリカカプセル25mg・75mg・150mg/同OD錠25mg・75mg・150mg<プレガバリン>
・神経障害性疼痛
・線維筋痛症に伴う疼痛
後縦靭帯骨化症のため在宅で治療を受けている患者で、家族(子3人、うち1人は学生)と同居している。以前は、服薬カレンダーに自分で薬をセットしていたが、1週間分をセットするのに半日かかるとの訴えから、薬剤師による在宅訪問が開始となった。整形外科は2週間ごと、麻酔科は4週間∼8週間ごとに受診しており、薬剤師による在宅訪問は2∼3週間ごとに行っている。
6月に「足の痛みが強い」と訴えがあったため、麻酔科からリリカOD錠75mgを1錠が朝食後に追加となった<処方1>。7月の訪問で、整形外科も麻酔科も昼分の薬がまったく服用されていないことが発覚した。
患者:「朝にリリカが追加されてから、朝の薬を服用した後に眠気がひどく、うとうとしてしまい、昼分が飲めない」
生活リズムを確認すると、朝食を8時に摂り、内服し、その後14時∼16時ごろまで眠気がとれず、食欲もないので昼食を摂らずに過ごしていると聞き取った。その旨を報告書に記載し、朝のリリカOD錠75mgの処方可否について検討してほしいと医師へ報告した。
8月の麻酔科の受診で、朝のリリカOD錠75mgは削除された。眠気は改善されると思われたが、2週間後に訪問したところ、昼分の薬は全て残っており、服薬状況は改善していなかった。
患者:「生活のリズムが崩れたままで、眠気が強くて昼分が飲めない。1日3回も漢方薬を飲むのは苦痛だ」
薬剤師:「服用した方が痛みや浮腫みが良くなりますよ。昼分を飲まないと効果が安定しませんよ」
その後も、訪問ごとに薬剤師は服薬するように勧めたが、その都度、患者はあれこれと言い訳をし、昼分の服薬状況はまったく改善しなかった。痛みや浮腫みは、改善も悪化もしないようであった。
薬剤師は悩んだ末、食事という別の方向からアプローチをすることにした。
薬剤師:「昼分残ってますね。お昼の食事は食べてますか?食欲は変わらないですか?」
患者:「昼ね∼。食欲もないしね。食べていないよ」
薬剤師:「もしかして、お昼の食事って準備されていないんですか?ちゃんと食べています?」
患者:「そこなんだよね。食べるものが昼ないんだよ。薬を飲むにはまず食べないといけないけど、その食べ物がないんだよ。だから薬なんて飲めないよ!」
家族は自分たちの生活で精いっぱいで、患者の食事をきちんと用意していなかった。患者は家族が出かけた後、ご飯とふりかけの朝食を摂り、昼の食事は用意されていないので食べないで我慢していた。また、家族にその不満を訴えることもできずにいた。生活リズムを確認すると、昼は寝ていることが多くなり、夜はいつまでも眠れないといった昼夜逆転の生活となっていった。
ケアマネに患者の食事について相談した。ケアマネも気づいており、配食弁当の利用を提案したが、患者からは経済的理由で断られていた。
ケアマネ:「家族の方に改善するよう求めたいのですが、それも患者が希望されていません。それをすることで、ほかのことを世話してくれなくなると困ると言われます。介入できるタイミングはいずれ来ます。このまま様子を見ましょう」
薬剤師の働きかけにもかかわらず、患者の服薬状況も食事状況も改善されないまま、冬に突入した。気温が低くなり、寒さが強くなってきたためか、痛みと浮腫みの悪化が見られた。
12月に訪問すると、患者は毛布にくるまって椅子に座って固まっていた。相変わらず昼の薬は全て残っていた。
患者:「痛みや浮腫みが酷くて歩けない。年明け、麻酔科に受診するから、先生に相談するよ」
薬剤師:「そうですね。相談されるといいですね。(カレンダーに薬をセットしながら)例えば、この昼の薬を夕に、夕の薬を寝る前にずらすという方法もありますよ」
患者:「なんで、そこまで昼分を気にする?…そうか。しっかり飲まないと先生に相手にされないってことか?」
薬剤師:「麻酔科の漢方って冷えを改善し、浮腫みも改善する作用もあるので。それを1日量しっかり飲まないで、“辛い”って先生に訴えても…先生的にはどうかな?って」
患者:「1日分きちんと飲んで、それでも痛みや浮腫みが酷いと言わないとだめってことか…」
薬剤師:「…と思うんですよ。以前から先生方には昼の服薬状況について報告しているのに、あえて外さないというのは何か考えがあるんじゃないでしょうか?ずらして飲むと1日分消化できます。2週間、そうやってずらして1日分服用して、麻酔科の先生に診てもらってください」
服用時期の変更について、両医師に報告して同意を得た。
患者:「むくみで足がパンパンだったけど、昼の分をずらして飲むようにしたら柔らかくなった。ちょっとは良くなった。先生から、『なんとか工夫して1日分飲むように』って言われたよ」
その後、新型コロナウィルス感染症の拡大のため、家族の1人が在宅勤務となり、自分の昼食とともに、患者の昼食も用意するようになったため、昼分の服薬状況は改善した。
患者の述べた昼分の薬が殆ど服用できていない理由は、以下のように変遷した。
(1)朝にリリカOD錠が追加となり、眠気がひどく、うとうとしてしまい、昼分の薬が飲めない。
しかし、朝のリリカOD錠を中止しても、昼のコンプライアンスは良好ではなかった。
(2)生活のリズムが崩れたままで、眠気が強くて昼分が飲めないし、1日3回も漢方薬を飲むのは苦痛である。
薬剤師は、別の観点として患者の食生活について聴取した。
(3)薬を服用するには食事摂取が必要と考えており、昼食は摂っていないため薬は飲めない。
最終的には、昼の服薬不遵守は、昼食が摂れていないことが原因していると考えられた。
その理由として、以下が判明した。
(1)家族は自分たちの生活で精いっぱいで、昼間は全員外出しており、患者のための昼食が用意されていなかった。
(2)ケアマネによると、家族に昼食の改善を求めたいが患者が拒むとのことであった(家族がほかの世話をしてくれなくなるとの懸念から)。
(3)ケアマネが配食弁当の利用を提案したが経済的理由から断っていた。
薬剤師は、患者家族に対して服薬状況を説明する場を持てず、介入できないままとなってしまった。食事状況が改善すると服薬状況が改善したので、家族に患者の食事状況と、それに関係した服薬状況を説明して協力を求めるべきであった。
患者は、積極的に医師や薬剤師に昼食が摂れていないことを訴えていなかった。
服薬不遵守の患者に対して薬剤師が服薬を勧めても、患者自身が服薬するという意識を持たないと改善されない。しかし、服薬する意識があっても服薬できないことも少なくないので、その原因を精査することが必須である。特に患者の食事状況や生活リズムなどの要因について深く聞き取る必要がある。
また、サービス担当者会議の開催をケアマネに提案し、その場に家族の参加も促し、患者に関わる者全てが食事状況や生活リズムなどの情報を共有できるようにしていく。
・後縦靭帯骨化症1)
後縦靱帯骨化症では、椎骨の後縁を上下に連結し、背骨の中を縦に走る後縦靭帯が骨化した結果、脊髄の入っている脊柱管が狭くなり、脊髄や脊髄から分枝する神経根が押されて、感覚障害や運動障害等の神経症状を引き起こす。頚椎に起こった場合の症状として、首筋や肩甲骨周辺・指先の痛みやしびれがあり、症状が進行すると、痛みやしびれの範囲が拡がり、脚のしびれや感覚障害、足が思うように動かない等の運動障害、両手の細かい作業が困難となる手指の巧緻運動障害などが出現する。重症になると立位や歩行が困難となり、排尿や排便の障害が出現し、一人での日常生活が困難になる。
[引用文献]
1)難病情報センター.後縦靭帯骨化症.https://www.nanbyou.or.jp/entry/98
[国試対策問題]
問題:60歳代の男性。定期的にクリニックを受診し、その後に来局している。服薬状況や残薬の有無を確認したところ、昼食後に服用するよう指示されている薬剤に多数の残薬があることが判明した。患者に確認すべき内容や服薬指導の内容として適切でないのはどれか。1つ選べ。
1 服薬できていない薬剤の名称や、残っている数を確認する
2 服薬できていない薬剤に関わる疾患の状態や症状の変化を確認する
3 患者の生活スタイルについて、特に昼食を摂っている場所や昼食後の行動を確認する
4 服用しなくても問題ないので安心し、服用できなければ服用しなくても良いと指導する
5 次回の来局の際に、自宅に残っている薬剤を持参するように指導する
【正答】4
4 問題ないかどうかは、症状の変化等を確認して医師に報告し、医師との協議の中で判断する必要があり、患者を安心させるためであっても、安易に問題ないと伝えるべきではない
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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