
昇圧薬と降圧薬が同時に処方された
昇圧薬であるメトリジンD錠<ミドドリン塩酸塩錠>と降圧薬であるオルメテックOD錠<オルメサルタン>が同時に処方されていた。薬理作用が相反する薬剤の併用であり、疑問を持った薬剤師は医師に対して疑義照会を実施した。結果、基礎疾患として高血圧があるが起立性低血圧も併発している高齢患者であり、両剤併用で血圧は安定しているとのことであった。
<処方1>80歳代の女性。内科クリニック。
ネオドパストン配合錠L100 | 3錠 1日3回 毎食後 14日分 |
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セレコックス錠100mg | 2錠 1日2回 朝夕食後 14日分 |
メトリジンD錠2mg | 4錠 1日2回 朝夕食後 14日分 |
ポララミン錠2mg | 2錠 1日2回 朝食後就寝前 14日分 |
オルメテックOD錠10mg | 1錠 1日1回 朝食後 14日分 |
*ほかに、酸化マグネシウム錠、ファモチジンOD錠、ベシケア錠、ムコソルバンL錠を服用中である。
<効能効果>
●メトリジンD錠<ミドドリン塩酸塩>
本態性低血圧、起立性低血圧
●オルメテックOD錠<オルメサルタンメドキソミル>
高血圧症
介護施設に入所している患者である。調剤を行った薬剤師は、普段は系列の別の薬局に勤めており、この日はヘルプで当該薬局にて調剤業務に当たっていた。 訪問診療の処方箋で、昇圧薬であるメトリジンD錠と降圧薬であるオルメテックOD錠が同時に処方されており、薬剤師は処方意図が分からなかったため、薬局長に確認した。
薬局長:「あ、これね。ずっとこの処方内容なんですよ。特に問題は起きていないようだ」
処方意図などの詳細が不明なままだったため、処方医に疑義照会を実施した。
医師:「基礎疾患として高血圧があるが、起立性低血圧も併発している。両剤併用で血圧は安定している」
しかし、詳細な処方意図の説明はなく、確認もできなかった。
これまで調剤に関わっていた当該薬局の薬剤師は、血圧に対する作用が相反する薬剤が同時処方されていたにもかかわらず、これまで疑義照会を行わずに調剤・交付していた。患者の状態に特に問題がないと把握していたので、特に疑問に思うことはなかった。
当該薬局の薬剤師、ヘルプに入った薬剤師ともに、基礎疾患に高血圧があっても起立性低血圧を合併することがあることを知らなかった。
患者の状態によっては薬理作用が相反する薬剤が同時処方されることはあるが、処方間違いの可能性もあるため、処方意図を確認するために必ず処方医に疑義照会を行わなければならない。
高血圧患者は、自律神経系の変調や血管内皮障害による圧受容体機能の低下などから、起立性低血圧を起こしやすいとされ、高齢者における起立性低血圧には、自律神経障害を合併する糖尿病と神経変性疾患、心拍出量や血管緊張の異常を伴う心血管系疾患などが関与するとされている1)。
起立性低血圧に対する薬物治療としては、α刺激薬が使用される。ミドドリン塩酸塩は、血液脳関門を通過せず、半減期が約2時間と作用時間も短い選択的α1刺激薬であり、非特異的な交感神経刺激薬であるエフェドリンなどと比較して安全性が高く、ランダム化比較試験も実施されており、エビデンスレベルも高い2)。
[引用文献]
1)木下あずな他:日本循環器病予防学会誌.58(3):239-248,2023.
2)中丸遼他:日本臨床.78(増刊2):287-291,2020.
[国試対策問題]
問題:血圧に作用する薬物に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
1 ミドドリンは、末梢血管平滑筋のアドレナリンα1受容体を刺激することで血圧を上昇させる。
2 アメジニウムは、直接的にアドレナリンβ受容体を刺激して、血圧を上昇させる。
3 アムロジピンは、カルシウムチャネルに結合して細胞内へのカルシウムイオンの流入を阻害し、末梢血管平滑筋を弛緩させることで血圧を下降させる。
4 オルメサルタンは、アンジオテンシン変換酵素を阻害することで、昇圧系作用を示すアンジオテンシンIIの生成を抑え、血圧を下降させる。
5 カプトプリルは、アンジオテンシンIIの受容体への結合を阻害し、アンジオテンシンIIの薬理作用を抑制することで血圧を下降させる。
【正答】1、3
2 アメジニウムは、交感神経終末でのノルアドレナリンの再取り込みを抑制するとともに、モノアミン酸化酵素を阻害することでノルアドレナリンの不活性化を抑制し、間接的に交感神経系を亢進させることで血圧を上昇させる。
4 カプトプリルとオルメサルタンの説明が逆である。カプトプリルは、アンジオテンシン変換酵素を阻害することで、昇圧系作用を示すアンジオテンシンIIの生成を抑え、血圧を下降させる。
5 オルメサルタンとカプトプリルの説明が逆である。オルメサルタンは、アンジオテンシンIIの受容体への結合を阻害し、アンジオテンシンIIの薬理作用を抑制することで血圧を下降させる。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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