
視力低下者に対する点眼指導が上手くできていなかった
左目はほとんど見えず、右目は視野欠損で見えにくい状態の緑内障患者が新しく開封したアゾルガ配合懸濁性点眼液<ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩>を点眼しようと容器を振ったらカサカサ音がする、液も入っていなくて、点眼できなかったと訴えた。しかし、メーカーに調査してもらったところ、異常はなかった。患者は、開封前の新しい容器と使い終わりの容器の区別ができていなかった(薬局には後者を持参した)可能性があった。薬剤師は、極度に視覚低下のある患者への服薬指導が不十分であったと考えられる。
<処方1>70歳の男性。診療所の眼科。
アゾルガ配合懸濁性点眼液 | 15mL 右眼1日2回点眼 |
---|---|
アイファガン点眼液0.1% | 15mL 右眼1日2回点眼 |
トラバタンズ点眼液0.004% | 10mL 両眼1日1回点眼 |
<効能効果>
●アゾルガ配合懸濁性点眼液<ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩>
次の疾患で、他の緑内障治療薬が効果不十分な場合:緑内障、高眼圧症
患者は緑内障であり、3年前から左目はほとんど見えておらず、右目は視野欠損で見えにくい状態である。現在は3種類の点眼液が処方されており<処方1>、眼圧は右7mmHg、左10mmHgくらい(正常範囲)である。
もともと複数の点眼液を使用しており、アイファガン点眼液<ブリモニジン酒石酸塩>はドボドボ出てすぐになくなってしまうことや、アゾルガ配合懸濁性点眼液は出しにくかったりすることを訴えていた。即ち、点眼容器によって出にくかったり、出すぎたりするので、押す力加減が難しいとのことであった。
ある日、患者がアゾルガ配合懸濁性点眼液を薬局に持参した。
患者:「振ったらカサカサ音がした。液を出しにくい」
持参薬を見たところ、少量の白い粉が容器の下のほうに付いており、シュリンクラベルも外されていた。使用後で残液のない容器を持参したように思われたが、患者からさらに強い訴えがあった。
患者:「新しい容器で点眼しようしたが、液は目に入ってこなかった。振ったらカサカサ音がした」
そこで、最初から使えなかったと患者が訴える持参された容器をメーカーに提出し、検査してもらえば、患者は納得するのではないかと考え、メーカーに検査を依頼した。その結果、容器のキャップの内側とノズル周りに薬液の残留物が見られ、ボトル内には薬液が僅かに残っていることが確認された。また、液を再充填し、機能試験を実施したところ、液漏れは認められず、1滴ずつ滴下できることが確認された。メーカーの調査結果を患者に説明したが、あまり納得していない様子であった。
患者は、目が見えにくいために、開封前の新しい容器と使い終わった容器の区別ができていなかったと考えられる。即ち、新しい点眼液のつもりで、実は使い終わった点眼液を使用しようとしていた。
この様なトラブルがあることを薬剤師は想定できておらず、点眼容器を開封したら、容器本体に印をつけたり、開封日を書くなど、トラブルを回避するための工夫を考え、患者に提案していなかった。
点眼の方法について、容器をよく振ってから点眼すること、他の点眼液との点眼間隔をあけることなどを指導しており、患者も理解していたため、薬剤師は使い方に問題ないと考えていた。患者から時々点眼がうまくいっていない、使いにくいとの訴えがあったが、適切な対応ができていなかった。
目が見えにくい患者には、開封前と開封後の点眼容器を区別できるような工夫を指導することが大切と思われる。例えば、手の感触で理解できるように、未開封の点眼容器には調剤時に輪ゴムを巻きつけて渡し、開封して点眼開始したら輪ゴムを外してもらうなどのような工夫を伝えて、服薬指導する。
どれくらいの薬液が充填されているか、容器を一緒に確認して、その特徴を説明するようにする。懸濁している点眼液の容器を振る方法は、口頭だけでなく、実際に目の前で行ってみせることも大切と思われる。懸濁性点眼液は必ずキャップを上に立てて保管すること、逆さで保管すると先端に詰まって出にくくなることもしっかり説明する。点眼容器1本でどれくらいの日数点眼ができるかを説明することも大切と考えられる。
点眼の仕方について、初めての処方時に指導していても、定期的に何度も点眼方法を再確認していくことも重要と思われる。時間とともに忘れてしまうこともあるので、高齢者であることを考慮して繰り返し指導するなどの対応が必要と思われる。
視覚障害者(ロービジョン者)への点眼指導について報告されている1)。 視野が狭い場合などは視力データだけでは分からないこともあり、患者によりものの見え方はそれぞれ異なり、個々に応じた点眼指導を行うことが大切である。薬剤師が介入するために確認しておく必要なチェックポイントを以下に記した。
①患者の見え方と生活背景を把握する。
□点眼するのは誰か(本人、家族、介護者など)。
□手先の痺れや感覚の麻痺がないか。全身の合併症はないか。
□保管場所や保存温度が分かっているか。
□薬剤名と見た目について認識しているか(カタカナが多くても理解しているか、キャップの色と容器の色や形が識別できているか)。
②点眼表を活用する。
□点眼表を作成することで点眼薬を整理する。
□点眼理由、用法・用量、保存方法を書いて説明する。
□必要性の低い点眼薬や効果が重複している点眼薬を整理できるか確認する。
□左右眼で投与回数や種類を揃えられるか、配合剤に変更して負担を減らせないか検討する。
③ロービジョンケアを行う。
□眼鏡の調整、拡大鏡の使用を勧める。
□点眼表を拡大コピーする。
□薬袋に大きい文字で書く。
□点眼薬の保存容器を工夫する。例えば、左右眼で点眼薬が異なる場合は、左右で異なる形状(丸、四角)の容器で保存する。「左」「右」を容器に大きく記す。
□容器をつかみにくい場合、指先に力が入らない場合は点眼補助具を紹介する。
④福祉を利用する。
□身体障害者手帳(視覚障害の認定)を所有しているか。初回から時間が経過していた場合、症状の進行によって対象となっていないか。
□視覚障害として認定されている場合、補装具の支給の対象となる。
□眼鏡、拡大読書器などの支援機器を紹介する。
補装具(視覚補助具)に関するガイドブック、ハンドブックについては以下を参照する。
・補装具費支給事務ガイドブック平成30年度告示改正対応版
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000307895.pdf
・障害者支援機器の活用ガイドブック
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000307902.pdf
・視覚補助具ハンドブック
https://www.jslrr.org/low-vision/hojogu
[引用文献]
1)渡辺芽里:眼科ケア、春季増刊号:41-46(2019).
[国試対策問題]
問題:アゾルガ配合懸濁性点眼液<ブリンゾラミド・チモロールマレイン酸塩>に関する記述のうち、誤っているのはどれか。2つ選べ。
1 ブリンゾラミドは炭酸脱水酵素阻害薬であり、房水産生を抑制することで眼圧を下降させる。
2 ブリンゾラミドによって一時的に目がかすむことがあるので、機械類の操作や自動車等の運転には注意するように指導する。
3 チモロールマレイン酸塩はプロスタノイドFP受容体作動薬であり、ぶどう膜強膜流出経路からの房水の流出を促進することで眼圧を下降させる。
4 チモロールマレイン酸塩によって気管支が収縮するおそれがあるため、気管支喘息の患者には禁忌である。
5 チモロールマレイン酸塩によって虹彩や眼瞼への色素沈着による色調変化があらわれることがあるので、液が眼瞼皮膚などについた場合には、よくふき取るか、洗顔するように指導する。
【正答】3、5
3 チモロールマレイン酸塩はβ遮断薬であり、房水産生を抑制することで眼圧を下降させる。
5 ビマトプロストなどプロスタノイドFP受容体作動薬に関する記述である。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
-
- 事例232
- 在宅介入した薬剤師からの情報で生活改善
-
- 事例228
- 薬剤師提案の血中濃度測定でジゴキシン中毒が発覚
-
- 事例223
- 昇圧薬と降圧薬が同時に処方された
-
- 事例219
- 処方せんの用法の記載に問題あり!
-
- 事例218
- オピオイド服用患者、痛みの強い波と眠気から転倒
-
- 事例217
- シクロホスファミド錠の適応外使用
-
- 事例211
- プレドニン錠中止時の漸減を忘れる落とし穴
-
- 事例206
- スタレボ配合錠L100を半錠で調剤できる?
-
- 事例203
- エフピーOD錠とアジレクト錠の併用?
-
- 事例202
- 包数の多い散剤処方に介入して服薬の煩わしさの改善
-
- 事例201
- 点眼薬のみが処方されていた理由
-
- 事例200
- 家族への服用中止の指示は、電話連絡だけでは不十分
-
- 事例199
- 酸化マグネシウム原末が義歯にはさまって効果減弱
-
- 事例197
- 薬名類似による誤処方を発見し疑義照会
-
- 事例196
- 医師の一言『効果の高い薬』で不安になった患者
-
- 事例194
- 認知症患者の服薬状況の把握不足
-
- 事例192
- 患者が自己判断でリリカOD錠の服用を中止
-
- 事例188
- 指導不足によるタリビッド点耳液の不適正使用
-
- 事例187
- 薬の併用による副作用について疑義照会
-
- 事例186
- アロプリノール錠の服薬状況の認識不足
-
- 事例185
- 患者が一包化薬の分包ごと服用していいかと質問
-
- 事例184
- ゼローダ錠の服薬スケジュールに関して疑義照会
-
- 事例183
- イーケプラ錠の不均等処方について疑義照会
-
- 事例182
- レキップCR錠の急激な減量を発見し疑義照会
-
- 事例181
- ニトロペン舌下錠の保管方法に関する服薬指導不足
-
- 事例179
- 処方意図が不明なため疑義照会を検討
-
- 事例177
- 患者のジェネリック医薬品に対する考え方が変化
-
- 事例176
- 知識不足で『レスパイトケア』の意味が分からず
-
- 事例174
- 骨折でドライブスルー利用した患者への配慮不足
-
- 事例173
- 腎臓疾患患者へのアスパラカリウム錠処方を疑義照会
-
- 事例172
- 薬剤師の聞き方で誤解を生んだ疑義照会
-
- 事例170
- 疑義照会にて薬名類似による処方ミスと発覚
-
- 事例169
- キサラタン点眼液 点眼し忘れ時の対応の説明不足
-
- 事例168
- 慢性腎不全患者へのワントラム錠処方を疑義照会
-
- 事例167
- 口腔内の乾燥によるニトロペン舌下錠の溶解遅延
-
- 事例166
- ウルティブロ吸入後のうがいは必要?
-
- 事例165
- 患者の服薬不遵守を察知し、メトグルコ錠の処方変更
-
- 事例162
- フェントステープの使用法と注意すべき点とは?
-
- 事例161
- 個装箱内の残薬に気づかず破棄
-
- 事例158
- 複合要因から後発品の普通錠を徐放錠で誤調剤
-
- 事例157
- 禁忌薬の認識不足で妻が自身への処方薬を夫と共用
-
- 事例155
- テルネリン錠の増量処方を見落とし調剤
-
- 事例154
- プラリア皮下注には天然型のデノタスが必須と勘違い
-
- 事例153
- 患者からの申告がなく緑内障既往歴を把握せずに投薬
-
- 事例150
- 胃全摘患者へのランソプラゾール処方を疑義照会
-
- 事例147
- 中止すべきバイアスピリンを患者が誤って服用
-
- 事例144
- 前回処方年月日を見誤り、的外れな服薬指導
-
- 事例142
- セレスタミンにプレドニン追加でステロイドが重複
-
- 事例141
- セルニルトン服用が花粉症に効くという仮説
-
- 事例139
- 手書きの麻薬処方箋の「(8時」を「18時」と誤読
-
- 事例138
- リパクレオンカプセルの1シート当たりの数に注意
-
- 事例137
- パーキンソン病治療薬による病的賭博の副作用を発見
-
- 事例134
- ムコスタ点眼液UDの副作用の説明不足
-
- 事例131
- 患者の認識と処方内容に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例128
- アロマシン錠に関しての患者の理解度の確認不足
-
- 事例124
- 介護者の負担軽減のために服薬ゼリーの使い方を指導
-
- 事例122
- 腎機能が悪くない患者にケイキサレート散が処方
-
- 事例121
- クラビット錠の疑義照会で、偽造処方箋が発覚
-
- 事例120
- ユベラNカプセルなど3剤の継続処方の確認不足
-
- 事例118
- ノルスパンテープの貼付期間の説明不足
-
- 事例111
- 高用量ベネットによる副作用の認識不足
-
- 事例109
- 水痘患者への亜鉛華単軟膏の処方を疑義照会
-
- 事例107
- 端数のPTPシートを組み合わせて調剤
-
- 事例105
- フォルテオ保管方法の説明不足
-
- 事例104
- 腎機能低下者に通常用量でシタグリプチンが処方
-
- 事例102
- 患児の外見と記載の体重に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例101
- ナウゼリンの1回量過量の見逃し
-
- 事例98
- 異なるPTPシートによる数量の誤調剤
-
- 事例97
- 漢方薬初回処方患者への副作用の説明不足
-
- 事例96
- 視覚障害者に最適なうがい液へ疑義照会
-
- 事例95
- 1回量と1日量を読み違えて誤調剤
-
- 事例89
- スタチンの一般名を病院外来事務職員が誤認
-
- 事例76
- 一部手書きの処方箋により用法を誤認識
-
- 事例64
- 服用時点の押印ミスで朝夕の薬を逆に投薬
-
- 事例60
- 患者が激怒!了承を得ずに行った疑義照会
-
- 事例37
- シプロキサンとルボックスは併用禁忌?
-
- 事例14
- インスリン製剤はどれも同じと思った患者
-
- 事例10
- 遮光が必要なのはモーラステープ?
-
- 事例06
- 手書き処方せんを読み間違って半量を調剤
-
- 事例01
- え!?…私ってうつ病?