腎不全患者の野菜ジュース摂取後のカリウム値上昇の原因は?
高齢で認知症があり、水分を摂取できずに排便コントロールが上手くいっていない介護施設入所中の患者である。薬剤師は、患者や介護・看護スタッフの最も大きな困り事であった便秘への対策(薬物治療)に気をとられ、介護スタッフが野菜ジュースを継続して患者へ提供していたことに注意喚起できず、結果、腎機能不全のある患者のカリウム値が上昇してしまった。
<処方1>80歳台の男性。病院の内科。
トラゼンタ錠5mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
---|---|
クロピドグレル錠75mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
カルベジロール錠2.5mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
メマンチン塩酸塩錠10mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
アゾセミド錠30mg | 1錠 1日1回 朝食後 |
<摂取飲料物>
●『伊藤園1日分の野菜』【1本(200mL)当たり】
・エネルギー73kcal ・たんぱく質2.1g ・脂質0g
・炭水化物16.9g ・食塩相当量0~0.61g
・その他の栄養成分
糖質14.2g、糖類11.7g、食物繊維総量1.4~3.8g、亜鉛0.1~0.6mg、カリウム647mg、カルシウム136mg、鉄0.4~1.4mg、マグネシウム58mg、ビタミンA520~1545µg、ビタミンC60~210mg、ビタミンE0.7~4.6mg、ビタミンK3~29µg、葉酸13~86µg、β-カロテン5180~13635µg、GABA50mg、リコピン8mg、ポリフェノール58~310mg
https://www.itoen.jp/products/41245/
●他の市販の野菜ジュースにも、数百mgのカリウムが含有されている。
例:『カゴメ野菜生活』:190~560mg/200mL
『デルモンテ食塩無添加野菜ジュース』:252~815mg/200mL
患者は最近、介護施設に入所した。重症の腎不全であったが、特に食事制限などは行っていなかった。認知症もありほとんど動かず、水分を摂取せず(本来なら1500mL/日程度の水分摂取が必要であるが、平均して700~800mLの摂水量であった)、食事も半量程度しか摂取できていなかった。介護スタッフがいろいろな飲み物の提供を試みたが、摂水量は増えなかった。
また、入所時には大黄甘草湯エキスを服用していたが、排便は上手くいかず、浣腸等の処置になることが多かった。そこで、薬剤師はアゾセミドを服用中であることから低カリウム血症を警戒し、疑義照会を行い、大黄甘草湯エキスをビーマス配合錠<カサンスラノール・ジオクチルソジウムスルホサクシネート>に変更してもらった。しかし、水分が摂取できないため効果なく、さらに、刺激性下剤を使用したが、排便コントロールが難しい状態であった。
介護スタッフ、看護師、薬剤師で水分摂取量を上げるための相談を行った時に、家族から「入所前は野菜ジュースを好んで毎日飲んでいた」ことを聴取したと、介護スタッフから報告を受けた。食物繊維の摂取も望めそうであったため、家族了承の下、野菜ジュース(伊藤園『一日分の野菜』)を飲用してもらうことになった(毎日400mL程度)。
約1ヵ月後の採血の結果、入所時に4.2mEq/Lであったカリウム値が5.5mEq/Lまで上昇しており、急遽、野菜ジュースの飲用を中止した(その後の採血結果が出ていないので、野菜ジュース中止後のカリウム値に関しては不明)。
薬剤師は、患者のカリウム値を気にしていながら、腎機能不全患者に対する食品の可否をうっかり見逃してしまった。便秘症への対策に意識が集中しており、「入所前から好んで服用していた」という家族からの情報もあったことから、正確に判断できなかった可能性がある。
野菜ジュースなら飲用できるので、水分摂取してほしいがために介護スタッフもあまり制限せずに提供していた(毎日400mL程度)。薬剤師はその状況(制限なし)を明確に把握していなかったので、摂りすぎに対して注意喚起できていなかった。
入居者に提供されていた野菜ジュースに647mg/200mLものカリウムが含まれていることを薬剤師も看護師も気付かなかった。
薬剤師は、健康な高齢者でさえ腎機能は悪くなることを認識する。腎機能には常に注意し、採血の度に電解質の測定を依頼したり、腎排泄型の薬剤の適正使用のチェックを行う。さらに、食事、飲料物についても日々摂取するカリウム量についてモニターする必要があり、高量であれば制限する。
慢性腎臓病(CKD)ステージによるカリウム摂取基準(文献1)
高カリウム血症の合併頻度やリスクは、CKDステージG3以降で上昇することが報告されているが、CKDにおける高カリウム血症の原因が、腎機能低下だけではなく、レニン・アンジオテンシン(RA)系阻害薬の影響や、心不全・糖尿病の合併などのさまざまな要因に起因するために、カリウム制限を開始する腎機能レベルに関する見解はさまざまである。
「慢性腎臓病に対する食事療法基準(2014年度版)」では、eGFR40mL/min/1.73m2以下で著明に高カリウム血症の頻度が上昇することや、低カリウム血症が死亡リスクと関連していることなどを考慮し、下表の様な摂取基準を定めている。ただし、血清カリウム値を参考に薬剤の副作用や合併症をチェックし、必要に応じて制限することが重要である。
詳細は、文献1を参照されたい。
表.CKDステージによるカリウム摂取基準
ステージ(GFR:mL/min/1.73㎡) | カリウム摂取量(mg/日) |
---|---|
ステージ1(GFR≧90) | 制限無し |
ステージ2(GFR60~89) | |
ステージ3a(GFR45~59) | |
ステージ3b(GFR30~44) | ≦2,000 |
ステージ4(GFR15~29) | ≦1,500 |
ステージ5(GFR<15) | ≦1,500 |
血液透析(週3回) | ≦2,000 |
腹膜透析 | 制限無し* |
*高カリウム血症の際には血液透析同様に制限
青汁やトマトジュース大量摂取後、高カリウム血症を呈した症例が報告されている(文献2、3)。
[文献]
1.日本腎臓病学会編『慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年度版』
https://cdn.jsn.or.jp/guideline/pdf/CKD-Dietaryrecommendations2014.pdf(2024.2.27アクセス)
2.田岡伸朗他、香川県医師会誌、65:79,2012.(学会報告)
3.丸浜伸一朗他、臨床神経学、53(1):55,2013.(学会報告)
[国試対策問題]
問題:血清カリウム値に関する記述のうち、誤っているのはどれか。1つ選べ。
1 血清カリウム値が3.5mEq/L未満となった状態を低カリウム血症という。
2 血清カリウム値が低下する原因の一つとして、嘔吐や下痢による消化管からのカリウムの喪失がある。
3 血清カリウム値が低下すると、筋力低下、筋肉のけいれんやひきつりを起こすことがある。
4 血清カリウム値が5.5mEq/Lを上回った状態を高カリウム血症という。
5 血清カリウム値が上昇する原因の一つとして、腎機能低下によるカリウム排泄の低下がある。
6 利尿薬(ループ系、サイアザイド系)やカンゾウを含む漢方薬で血清カリウム値が上昇することがある。
【正答】6
6 利尿薬(ループ系、サイアザイド系)は尿中へのカリウム排泄を促進し、カンゾウは偽アルドステロン症を起こすことがあり、血清カリウム値を低下させる原因となる
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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