Prof.Sawadaの薬剤師ヒヤリ・ハット・ホット
事例210

居宅介入がなければ吸入薬の服薬アドヒアランスは維持できない!

ヒヤリした!ハットした!

肺気腫の患者が、吸入には問題がないと話していた。しかし、実は2年間、ネブライザーを使用する吸入液をまったく使用していなかった。レルベア<ビランテロールトリフェニル酢酸塩・フルチカゾンフランカルボン酸エステル>とスピリーバ<チオトロピウム臭化物水和物>も調子が良いときは吸入しないこともあった。これらの問題を訪問看護師は把握していたが、医師や薬剤師には報告されていなかった。
最近、訪問看護師からの依頼もあって、薬剤師が在宅訪問を開始することで、医師への処方提案なども含め吸入のアドヒアランスが向上し、活動量が増えた。

<処方1>80歳台の女性。総合病院の呼吸器科。

【般】ファモチジンOD錠10mg 2錠 1日2回朝食後・寝る前 28日分
【般】酸化マグネシウム錠250mg 3錠 1日3回毎食後 28日分
【般】アセトアミノフェン錠200mg 2錠 発熱時10回分
【般】エチゾラム錠0.5mg 3錠 1日3回朝昼食後・寝る前 28日分
レルベア200エリプタ30吸入用 1キット 1日1回 1回1吸入
スピリーバ吸入用カプセル18μg 28Cp 1日1回 1回1Cap吸入
ムコソルバン内用液0.75% 42mL(混合)
メプチン吸入液0.01% 12.6mL(混合)
生理食塩液(吸入用) 71.4mL(混合) 1日3回 1回3mL

*ほかに、同病院の循環器科からベニジピン塩酸塩錠、クロピドグレル錠、アトルバスタチン錠、ニコランジル錠、スピロノラクトン錠が、同病院の耳鼻咽喉科からベタヒスチンメシル酸塩錠、カルボシステイン錠、モメタゾン点鼻液が処方されている。

<効能効果>

●レルベア100エリプタ14吸入用・レルベア100エリプタ30吸入用・レルベア200エリプタ14吸入用・レルベア200エリプタ30吸入用<ビランテロールトリフェニル酢酸塩・フルチカゾンフランカルボン酸エステル>
〈レルベア100エリプタ〉
○気管支喘息(吸入ステロイド剤および長時間作動型吸入β2刺激剤の併用が必要な場合)
○慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎・肺気腫)の諸症状の緩解(吸入ステロイド剤および長時間作動型吸入β2刺激剤の併用が必要な場合)
〈レルベア200エリプタ〉
○気管支喘息(吸入ステロイド剤および長時間作動型吸入β2刺激剤の併用が必要な場合)

●スピリーバ吸入用カプセル18μg<チオトロピウム臭化物水和物>
○慢性閉塞性肺疾患(慢性気管支炎、肺気腫)の気道閉塞性障害に基づく諸症状の緩解

どうした?どうなった?

患者は肺気腫で、在宅酸素療法を行っていた。以前は、自分で薬局に処方箋を出したあと、バスで近くの駅まで行き、昼食をとって買い物をしてから、夕方に薬局へ薬を取りに来ており、日常生活の活動量は保たれていた。
メプチン吸入液とムコソルバン内用液の混合吸入液(ムコソルバン内用液は適応外でネブライザー吸入用に使用している)が処方されている。患者によると、1日3回は使っていないが、ネブライザーなどは問題なく使用できているとのことだった。
患者:「苦しいときはネブライザーで吸入できているよ。ほかの吸入薬(レルベア、スピリーバ)も毎日吸入できているよ」
しかし、ここ半年ほど、肺気腫の悪化により、入退院を繰り返すようになった。それまでは、内服薬はPTPシートで調剤していたが、退院後は3科を一緒に一包化するようになり、一包化作成に時間がかかるため、ケアマネジャーがのちに薬を取りに来ていている状況であった。
訪問看護師が毎週金曜日に患者宅を訪問して、お薬カレンダーに1週間分を配薬しているため、飲み薬は飲めていた。しかし、吸入薬、特にネブライザーは2年くらい使用してなさそうなので、薬剤師が介入して吸入薬をしっかりと使えるようにしてほしいと、訪問看護師から要望があった(4月)。
翌日、患者の許可を得て、かかりつけとなっていた薬剤師が患者宅を訪問したところ、ネブライザーは荷物の下に埋もれ、電源コードとマスクなどのパーツが紛失しており、吸入液は毎月交付していたが、長い間使用されていないことは明白であった。吸入液は、1カ月分は冷蔵庫に保管されていたが、残った古い分は廃棄しているとのことだった。また、スピリーバやレルベアも、2カ月分以上が残っていた。そこで、ケアマネジャーおよび訪問看護師と相談して、患者を居宅療養管理指導に切り替えた。
患者宅で行う担当者会議に参加し、ネブライザーを使用できない理由として、ネブライザーが大きくてすぐに使用できる場所に置けないこと、パーツが多くて操作や洗浄が面倒であることを挙げた。コンパクトで操作が簡単な新しい吸入器の購入が検討され、福祉事務所を通じての購入申請や、吸入器メーカーに相談して機種の選択や、販売代理店とのやりとりなどは薬剤師が行うこととした。
また、呼吸が苦しい状態で2種類のドライパウダーを吸うのは難しいため、レルベアとスピリーバを、3成分配合の「テリルジー」<フルチカゾンフランカルボン酸エステル・ウメクリジニウム臭化物・ビランテロールトリフェニル酢酸塩>への変更を医師に提案することとした。
6月から新しいネブライザーを使用するようになり、患者の状態は相当改善して、4日後には一人で美容院に行けるなど、活動量は改善した。ネブライザーのパーツの洗浄は、訪問看護師と薬剤師が訪問時に行っており、薬液の補充は患者が自分で行えている。また、テリルジーへ処方変更となり、ドライパウダー吸入が1剤で済むようになった。
7月の訪問時には、SPO2は92~98%であり、呼吸状態や活動量も以前より改善していた。
また、担当者会議に参加したことで、ケアマネジャーや訪問看護師との連携も頻繁に行えるようになった。

なぜ?

かかりつけ薬剤師は、患者の「吸入はできている」という患者の言葉を信じてしまったため、実際の服薬アドヒアランスを把握することができていなかった。状態が悪化していたにもかかわらず、吸入していないとは想定できなかった。
訪問看護師は、2年くらい前から患者の外用剤に対するコンプライアンスの低下を把握していながら、医師や薬剤師等に実態を報告せず、改善策を求めていなかった。
患者は相当な呼吸困難を伴う状態であっても、処方薬(内服薬、吸入薬共に)に対する服薬アドヒアランスは低下していた。

ホットした!

吸入薬などの使用状況は、特に残薬調整などが行われている場合には、患者の言葉の内容によらず、患者宅への訪問などで、実際の状況を確認することが必要である。
薬剤師は、ヘルパー、ケアマネジャー、訪問看護師などと連携し、少しでもコンプライアンスの悪化があれば、問題点とその原因、対策について協議し、処方変更などの提案を医師に行う。

もう一言

病院の薬剤師外来における吸入指導において、患者の服薬アドヒアランスに影響を与える要因が検討されている1)
喘息症状の程度や有無にかかわらず、定期的に吸入指導を行う必要があり、吸入操作・薬識・病識を確認することでアドヒアランス不良な患者を判断することが可能であることが示唆された1)

[引用文献]
1)永井智子ら:薬剤師外来における吸入指導:服薬アドヒアランスに影響を与える要因、医療薬学、40:375-382(2014).

[国試対策問題]

問題:68歳男性。COPD(慢性閉塞性肺疾患)と診断され、以下の薬剤が新たに処方された。服薬指導に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。

(処方)
スピリーバ吸入用カプセル18μg(注) 14カプセル
1日1カプセル1日1回朝吸入
注:チオトロピウム18μgを含有する。専用の吸入用器具(ハンディへラー、ドライパウダー吸入器(DPI))を用いて吸入する。

1.ドライパウダー吸入器は自己の吸気で吸入を行うため、十分な吸気力があるかを確認する。
2.吸入薬は、局所に作用するので全身性の副作用はないと伝える。
3.必ず専用の吸入用器具を用いて吸入するように指導する。
4.吸入後は、次の吸入に備えて、1回分をあらかじめセットするよう伝える。
5.吸入方法は、口頭で説明すれば十分である。

【正解】1、3
2.全身への移行はゼロではないので、全身性の副作用が起こるおそれもある。
4.吸入の直前に1カプセルだけブリスターから取り出し、セットする。
5.吸入指導を行う場合は、口頭説明だけではなく、吸入練習器具を用いて実践させることが望ましい。

本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。

澤田教授

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。

薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。

記事作成日:2024年5月20日

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