家族への服用中止の指示は、電話連絡だけでは不十分
フェロ・グラデュメット錠<乾燥硫酸鉄>が処方削除になっていることに気づかず、DOで処方入力し、調剤・監査・投薬を行ってしまった。調剤過誤発覚後、すぐに患者宅へ電話連絡し、交付してしまったフェロ・グラデュメット錠を服用しないよう説明したが、電話に出た妻が薬剤管理を行っていると思い込んでいたため、妻への伝言だけで済ませてしまった。しかし、指示した内容が患者に間違って伝わってしまい、フェロ・グラデュメット錠と一緒にゼローダ錠<カペシタビン>まで服用中止していた。
<処方1>70歳台の男性。大学病院の胃腸外科。7月20日。
ゼローダ錠300mg | 10錠 1日2回 朝・夕食後14日分 7月20日から8月3日まで服用 |
---|---|
イメンドカプセル80mg | 1Cp 1日1回 朝食後2日分 7月21日・22日に服用 |
プリンペラン錠5mg | 2錠 1日2回 朝・夕食後21日分 |
フェロ・グラデュメット錠105mg | 1錠 1日1回 朝食後21日分 |
フロセミド錠20mg「NP」 | 1錠 1日1回 朝食後21日分 |
アルダクトンA錠25mg | 2錠 1日2回 朝・夕食後21日分 |
<処方2>8月10日、9月14日。
フェロ・グラデュメット錠105mgのみが削除となっており、他は処方1と同じ。 |
<効能効果>
●ゼローダ錠300mg<カペシタビン>
○手術不能または再発乳がん
○結腸・直腸がん
○胃がん
●フェロ・グラデュメット錠105mg<乾燥硫酸鉄>
鉄欠乏性貧
患者は胃がんStage4であり、減量手術として胃3分の2 を切除後、CAPOX療法(「もう一言」参照)を開始していた。患者本人は院内で化学療法を受けているため、妻が来局することも多かった。3コース目までは<処方1>の内容であった。
8月10日から4コース目であり、今回も妻が来局した。<処方2>の薬剤交付後、フェロ・グラデュメット錠を誤って交付してしまったことに気づき、薬剤師はすぐに患者宅に電話連絡をした。妻が電話に出たが、薬剤師は、妻が自宅での薬剤管理を行っていると思い込んでいたため、本人に電話を代わってもらうことなく、今回の経緯を説明し、本日交付したフェロ・グラデュメット錠 を服用しないように指示し、次回持参してもらうようお願いした。
薬剤師:「赤い錠剤のフェロ・グラデュメット錠の服用を中止してください。他のお薬は指示通り継続してください。特に、ゼローダ錠は大切なお薬なので、中止せず継続するようにしてください」
この様に中止薬が判別できる情報は伝えていたが、患者の妻から患者へどのように伝わったのか、詳細は不明である。
9月14日、<処方2>を持って患者が一人で来局された。
患者:「前回電話で中止の指示があった薬剤を持ってきた」
薬剤師が中身を確認したところ、持参した薬袋にはフェロ・グラデュメット錠 とゼローダ錠 の2種類の薬剤が入っていた。なお、この時点で、患者は医師からゼローダ錠を中止することを聞いており、前回分を中止していたことに対して、大きな問題と捉えていない様子だった。
ゼローダ錠の服用を中止していたことは大きな問題であるとともに、すぐにゼローダ錠の服用を再開するべきなのか判断できなかったので、処方医に連絡をし、指示を仰ぐことにした。
処方医:「当該患者は、現在肝機能の低下が認められるので、CAPOX療法は一旦休薬し、回復を待って再開する予定です。持参のゼローダ錠 は服用しないようにして指導してください」
今回、当該薬が処方されていたのは再開時のために処方したとのことであった。しかし、持参薬をそのまま返却してしまうと、後日、再開時に混乱するなどの問題が発生する恐れがあると考え、そのまま薬局で預かることとした。
普段から妻が来局することが多く、妻が薬剤管理を行っていると思い込んでいたため、フェロ・グラデュメット錠 服用中止の指示を妻への電話連絡だけ済ませてしまった。妻から患者本人への伝言ゲーム状態が生じてしまい、指示した内容を勘違いして伝えてしまったのではないかと推測される。
具体的にどのように妻から患者へ伝えられたのかは不明であるが、薬剤師が電話で話した「フェロ・グラデュメット錠」、「ゼローダ錠」という薬名が妻の記憶に残り、それらを中止するという間違った理解をしたと推測される。
薬剤管理を誰が行っているのかを確認し、本人が管理をしているのであれば、本人に電話を代わってもらい、直接説明するべきであった。または、文書をFAXするなどの対応をすべきであった。
さらに、薬剤師が薬剤を回収すべく直接患者宅を訪問すべきであったが、妻との電話のやりとりの中で、わざわざ来てもらわなくても大丈夫と言われたこともあり、訪問しなかった。
正しく服用中止できているかを確認するため、後日、電話モニタリングを行うべきであった。
薬局での投薬時の応対からは服薬管理がしっかりできていると思われる患者であっても、実際の自宅ではきちんと飲めていない可能性を想定した対応ができていなかった。また、薬剤の服薬管理を誰が行っているのか把握していなかった。
特にがん薬物療法は、患者、家族ともに、レジメンが複雑で管理が難しい上、不安やがん治療による疲労を伴い、管理が困難になることが多いと思われるので、個々の患者背景や日常生活の状況を踏まえたより深い介入が必要である。
変更が複雑な内容であったり、より重要である場合や、電話連絡だけでは不安に感じる患者の場合には、変更内容を分かりやすく記載した書面を送付したり、電話モニタリング、患者宅訪問を実施して、きちんと変更に対応できているかの確認を行う。
CAPOX療法
オキサリプラチン(OXaliplatin)130mg/m2を3週間毎に静注、静注日からカペシタビン(CAPecitabine)を2週間投与、1週間休薬で経口投与を1コースとして、通常8サイクル行う。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供して頂いた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
-
- 事例211
- プレドニン錠中止時の漸減を忘れる落とし穴
-
- 事例206
- スタレボ配合錠L100を半錠で調剤できる?
-
- 事例203
- エフピーOD錠とアジレクト錠の併用?
-
- 事例202
- 包数の多い散剤処方に介入して服薬の煩わしさの改善
-
- 事例201
- 点眼薬のみが処方されていた理由
-
- 事例200
- 家族への服用中止の指示は、電話連絡だけでは不十分
-
- 事例199
- 酸化マグネシウム原末が義歯にはさまって効果減弱
-
- 事例197
- 薬名類似による誤処方を発見し疑義照会
-
- 事例196
- 医師の一言『効果の高い薬』で不安になった患者
-
- 事例194
- 認知症患者の服薬状況の把握不足
-
- 事例192
- 患者が自己判断でリリカOD錠の服用を中止
-
- 事例188
- 指導不足によるタリビッド点耳液の不適正使用
-
- 事例187
- 薬の併用による副作用について疑義照会
-
- 事例186
- アロプリノール錠の服薬状況の認識不足
-
- 事例185
- 患者が一包化薬の分包ごと服用していいかと質問
-
- 事例184
- ゼローダ錠の服薬スケジュールに関して疑義照会
-
- 事例183
- イーケプラ錠の不均等処方について疑義照会
-
- 事例182
- レキップCR錠の急激な減量を発見し疑義照会
-
- 事例181
- ニトロペン舌下錠の保管方法に関する服薬指導不足
-
- 事例179
- 処方意図が不明なため疑義照会を検討
-
- 事例177
- 患者のジェネリック医薬品に対する考え方が変化
-
- 事例176
- 知識不足で『レスパイトケア』の意味が分からず
-
- 事例174
- 骨折でドライブスルー利用した患者への配慮不足
-
- 事例173
- 腎臓疾患患者へのアスパラカリウム錠処方を疑義照会
-
- 事例172
- 薬剤師の聞き方で誤解を生んだ疑義照会
-
- 事例170
- 疑義照会にて薬名類似による処方ミスと発覚
-
- 事例169
- キサラタン点眼液 点眼し忘れ時の対応の説明不足
-
- 事例168
- 慢性腎不全患者へのワントラム錠処方を疑義照会
-
- 事例167
- 口腔内の乾燥によるニトロペン舌下錠の溶解遅延
-
- 事例166
- ウルティブロ吸入後のうがいは必要?
-
- 事例165
- 患者の服薬不遵守を察知し、メトグルコ錠の処方変更
-
- 事例162
- フェントステープの使用法と注意すべき点とは?
-
- 事例161
- 個装箱内の残薬に気づかず破棄
-
- 事例158
- 複合要因から後発品の普通錠を徐放錠で誤調剤
-
- 事例157
- 禁忌薬の認識不足で妻が自身への処方薬を夫と共用
-
- 事例155
- テルネリン錠の増量処方を見落とし調剤
-
- 事例154
- プラリア皮下注には天然型のデノタスが必須と勘違い
-
- 事例153
- 患者からの申告がなく緑内障既往歴を把握せずに投薬
-
- 事例150
- 胃全摘患者へのランソプラゾール処方を疑義照会
-
- 事例147
- 中止すべきバイアスピリンを患者が誤って服用
-
- 事例144
- 前回処方年月日を見誤り、的外れな服薬指導
-
- 事例142
- セレスタミンにプレドニン追加でステロイドが重複
-
- 事例141
- セルニルトン服用が花粉症に効くという仮説
-
- 事例139
- 手書きの麻薬処方箋の「(8時」を「18時」と誤読
-
- 事例138
- リパクレオンカプセルの1シート当たりの数に注意
-
- 事例137
- パーキンソン病治療薬による病的賭博の副作用を発見
-
- 事例134
- ムコスタ点眼液UDの副作用の説明不足
-
- 事例131
- 患者の認識と処方内容に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例128
- アロマシン錠に関しての患者の理解度の確認不足
-
- 事例124
- 介護者の負担軽減のために服薬ゼリーの使い方を指導
-
- 事例122
- 腎機能が悪くない患者にケイキサレート散が処方
-
- 事例121
- クラビット錠の疑義照会で、偽造処方箋が発覚
-
- 事例120
- ユベラNカプセルなど3剤の継続処方の確認不足
-
- 事例118
- ノルスパンテープの貼付期間の説明不足
-
- 事例111
- 高用量ベネットによる副作用の認識不足
-
- 事例109
- 水痘患者への亜鉛華単軟膏の処方を疑義照会
-
- 事例107
- 端数のPTPシートを組み合わせて調剤
-
- 事例105
- フォルテオ保管方法の説明不足
-
- 事例104
- 腎機能低下者に通常用量でシタグリプチンが処方
-
- 事例102
- 患児の外見と記載の体重に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例101
- ナウゼリンの1回量過量の見逃し
-
- 事例98
- 異なるPTPシートによる数量の誤調剤
-
- 事例97
- 漢方薬初回処方患者への副作用の説明不足
-
- 事例96
- 視覚障害者に最適なうがい液へ疑義照会
-
- 事例95
- 1回量と1日量を読み違えて誤調剤
-
- 事例89
- スタチンの一般名を病院外来事務職員が誤認
-
- 事例76
- 一部手書きの処方箋により用法を誤認識
-
- 事例64
- 服用時点の押印ミスで朝夕の薬を逆に投薬
-
- 事例60
- 患者が激怒!了承を得ずに行った疑義照会
-
- 事例37
- シプロキサンとルボックスは併用禁忌?
-
- 事例14
- インスリン製剤はどれも同じと思った患者
-
- 事例10
- 遮光が必要なのはモーラステープ?
-
- 事例06
- 手書き処方せんを読み間違って半量を調剤
-
- 事例01
- え!?…私ってうつ病?