認知症患者の服薬状況の把握不足
患者の服薬介助にヘルパーが週4回(月・水・金・日の17時から訪問)入り、服薬コンプライアンス良好と報告を受けていた。ある日、薬剤師(訪問は月2回)が午前10時すぎに患者へ電話したところ、朝分だけではなく、既に昼分の薬も服用していたことが判明した。ヘルパーは夕方訪問なので、朝昼分の服薬時点については把握できていなかった。
<処方1>80歳台の男性。病院の循環器科。
パナルジン錠100mg | 2錠 1日2回 朝夕食後56日分 |
---|---|
ワーファリン錠1mg | 2錠 1日1回 夕食後56日分 |
シグマート錠5mg | 3錠 1日3回 毎食後56日分 |
他4種類、一包化 |
患者は認知症で独居であり、服薬に強い不安を抱えていたことから、ヘルパーによる週4回(月・水・金・日の17時から訪問)の食事提供と服薬介助が実施されていた。さらに、薬は日付、服用時点を記載して一包化しており、かかりつけ薬剤師が月2回程度訪問し、必要時にはケアマネジャーと連絡を取り合っていた。
患者は服用後の空の分包紙を廃棄用のボックスに入れ、ヘルパーが1日おきの訪問時にその服用状況を確認して、朝・昼・夕の服薬ボックスに2日分をセットする、という流れで服薬管理を行っていた。
薬剤師が患者宅訪問時(業務終了後の午後7時すぎの訪問が多い)には、日誌に「きちんと薬は服用」というヘルパーのコメントが毎回記載されており、コンプライアンスは良いと認識していた。
しかし、ある水曜日の午前10時すぎに患者宅に電話し、服薬状況を確認したところ、すでに当日分の朝と昼の一包化の中身が空であり、夕はまだ薬が入っていると患者が答えた。尋ね方を変えて3回質問したが、3回とも同じ回答であった。
そこで、同日の午後12時に再度電話をし、昼食後の薬を服用しないようにと伝え、午後5時すぎにも電話をして、昼食後は薬を服用していないことを患者に確認した上で、ヘルパーに電話を代わってもらい確認したところ、「朝・昼の薬は“しっかりと問題なく”服用できています」と答えた。
そこで患者に詳細を尋ねると、食欲不振のため朝食(午前7時30分 ごろ)を中断して朝食後の薬を服用し、その後、少し食欲が出たので朝食の残りを食べて(午前8時30分ごろ)、その後に昼の分の薬を飲んでしまったのかもしれない、と答えた(患者は認知症のため真相は不明である)。
ヘルパーは週4回患者宅を訪問しており、午後5時の訪問時点で朝・昼の一包化薬が空であればきちんと飲めていると判断していた。薬剤師もヘルパーの報告を信じていたが、本事例から必ずしも“きちんと飲めている”わけではないことを薬剤師、ケアマネジャーおよびヘルパーが認識した。
即ち、服薬時点が正しくないにもかかわらず、辻褄が合っていれば、ある時点では服薬コンプライアンスが良好であると判断してしまう場合がある。
薬剤師は月2回程度の訪問では十分ではないと考えて、その後は、患者宅に頻繁に電話をして(2~3日に1回程度)、患者の不安状況、服薬コンプライアンス、体調変化などチェックするようにしているが、電話だけではまだ不十分だと考えている。
本事例から、夕方訪問時点で同日の「朝・昼分の一包化薬が空」が、正しく服用できている証拠にならないことを関係者が認識したので、より丁寧な服薬ケアを行うとともに、医師にも情報提供し最小限の服薬で済むように医師との協議を行うことが必要である。
特に、可能であれば、服薬時点(朝・昼・夕・就寝前など)の種類を少なくする工夫を行う。
昼の服用を回避する処方設計として、以下が考えられる。
1)1日3回服用を1日2回へ変更する。
例:1日2~3回に分けて服用することが可能な薬剤を選択する。
・ザイロリック錠50・100<アロプリノール>
・メトグルコ錠250mg・500mg<メトホルミン>
・プリンペラン錠5<メトクロプラミド>
例:1日3回服用の普通剤を同じ薬で1日2回か1回服用可能な徐放性製剤に変更する。
・ムコソルバン錠15mg(1日3回)
→ムコソルバンL錠45mg<アンブロキソール>(1日1回)
・レキップ錠0.25mg・1mg・2mg(1日3回)
→レキップCR錠2mg・8mg<ロピニロール>(1日1回)
・ペルジピン錠10mg・20mg・散10%(1日3回)
→ペルジピンLAカプセル20mg・40mg<ニカルジピン>(1日2回)
2)処方を見直して減薬を考える。
*本稿では、全国各地において収集したヒヤリ・ハット・ホット事例について、要因を明確化し、詳細に解析した結果を紹介します。事例の素材を提供していただいた全国の薬剤師の皆様に感謝申し上げます。
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
-
- 事例211
- プレドニン錠中止時の漸減を忘れる落とし穴
-
- 事例206
- スタレボ配合錠L100を半錠で調剤できる?
-
- 事例203
- エフピーOD錠とアジレクト錠の併用?
-
- 事例202
- 包数の多い散剤処方に介入して服薬の煩わしさの改善
-
- 事例201
- 点眼薬のみが処方されていた理由
-
- 事例200
- 家族への服用中止の指示は、電話連絡だけでは不十分
-
- 事例199
- 酸化マグネシウム原末が義歯にはさまって効果減弱
-
- 事例197
- 薬名類似による誤処方を発見し疑義照会
-
- 事例196
- 医師の一言『効果の高い薬』で不安になった患者
-
- 事例194
- 認知症患者の服薬状況の把握不足
-
- 事例192
- 患者が自己判断でリリカOD錠の服用を中止
-
- 事例188
- 指導不足によるタリビッド点耳液の不適正使用
-
- 事例187
- 薬の併用による副作用について疑義照会
-
- 事例186
- アロプリノール錠の服薬状況の認識不足
-
- 事例185
- 患者が一包化薬の分包ごと服用していいかと質問
-
- 事例184
- ゼローダ錠の服薬スケジュールに関して疑義照会
-
- 事例183
- イーケプラ錠の不均等処方について疑義照会
-
- 事例182
- レキップCR錠の急激な減量を発見し疑義照会
-
- 事例181
- ニトロペン舌下錠の保管方法に関する服薬指導不足
-
- 事例179
- 処方意図が不明なため疑義照会を検討
-
- 事例177
- 患者のジェネリック医薬品に対する考え方が変化
-
- 事例176
- 知識不足で『レスパイトケア』の意味が分からず
-
- 事例174
- 骨折でドライブスルー利用した患者への配慮不足
-
- 事例173
- 腎臓疾患患者へのアスパラカリウム錠処方を疑義照会
-
- 事例172
- 薬剤師の聞き方で誤解を生んだ疑義照会
-
- 事例170
- 疑義照会にて薬名類似による処方ミスと発覚
-
- 事例169
- キサラタン点眼液 点眼し忘れ時の対応の説明不足
-
- 事例168
- 慢性腎不全患者へのワントラム錠処方を疑義照会
-
- 事例167
- 口腔内の乾燥によるニトロペン舌下錠の溶解遅延
-
- 事例166
- ウルティブロ吸入後のうがいは必要?
-
- 事例165
- 患者の服薬不遵守を察知し、メトグルコ錠の処方変更
-
- 事例162
- フェントステープの使用法と注意すべき点とは?
-
- 事例161
- 個装箱内の残薬に気づかず破棄
-
- 事例158
- 複合要因から後発品の普通錠を徐放錠で誤調剤
-
- 事例157
- 禁忌薬の認識不足で妻が自身への処方薬を夫と共用
-
- 事例155
- テルネリン錠の増量処方を見落とし調剤
-
- 事例154
- プラリア皮下注には天然型のデノタスが必須と勘違い
-
- 事例153
- 患者からの申告がなく緑内障既往歴を把握せずに投薬
-
- 事例150
- 胃全摘患者へのランソプラゾール処方を疑義照会
-
- 事例147
- 中止すべきバイアスピリンを患者が誤って服用
-
- 事例144
- 前回処方年月日を見誤り、的外れな服薬指導
-
- 事例142
- セレスタミンにプレドニン追加でステロイドが重複
-
- 事例141
- セルニルトン服用が花粉症に効くという仮説
-
- 事例139
- 手書きの麻薬処方箋の「(8時」を「18時」と誤読
-
- 事例138
- リパクレオンカプセルの1シート当たりの数に注意
-
- 事例137
- パーキンソン病治療薬による病的賭博の副作用を発見
-
- 事例134
- ムコスタ点眼液UDの副作用の説明不足
-
- 事例131
- 患者の認識と処方内容に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例128
- アロマシン錠に関しての患者の理解度の確認不足
-
- 事例124
- 介護者の負担軽減のために服薬ゼリーの使い方を指導
-
- 事例122
- 腎機能が悪くない患者にケイキサレート散が処方
-
- 事例121
- クラビット錠の疑義照会で、偽造処方箋が発覚
-
- 事例120
- ユベラNカプセルなど3剤の継続処方の確認不足
-
- 事例118
- ノルスパンテープの貼付期間の説明不足
-
- 事例111
- 高用量ベネットによる副作用の認識不足
-
- 事例109
- 水痘患者への亜鉛華単軟膏の処方を疑義照会
-
- 事例107
- 端数のPTPシートを組み合わせて調剤
-
- 事例105
- フォルテオ保管方法の説明不足
-
- 事例104
- 腎機能低下者に通常用量でシタグリプチンが処方
-
- 事例102
- 患児の外見と記載の体重に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例101
- ナウゼリンの1回量過量の見逃し
-
- 事例98
- 異なるPTPシートによる数量の誤調剤
-
- 事例97
- 漢方薬初回処方患者への副作用の説明不足
-
- 事例96
- 視覚障害者に最適なうがい液へ疑義照会
-
- 事例95
- 1回量と1日量を読み違えて誤調剤
-
- 事例89
- スタチンの一般名を病院外来事務職員が誤認
-
- 事例76
- 一部手書きの処方箋により用法を誤認識
-
- 事例64
- 服用時点の押印ミスで朝夕の薬を逆に投薬
-
- 事例60
- 患者が激怒!了承を得ずに行った疑義照会
-
- 事例37
- シプロキサンとルボックスは併用禁忌?
-
- 事例14
- インスリン製剤はどれも同じと思った患者
-
- 事例10
- 遮光が必要なのはモーラステープ?
-
- 事例06
- 手書き処方せんを読み間違って半量を調剤
-
- 事例01
- え!?…私ってうつ病?