Prof.Sawadaの薬剤師ヒヤリ・ハット・ホット
事例178

タモキシフェンによる副作用の発生機序についての知識不足

ヒヤリした!ハットした!

患者からノルバデックス錠<タモキシフェンクエン酸塩>によって、視力の低下、目のかすみが起きるメカニズムを質問されたにも関わらず、薬剤師は十分な説明ができなかった。

<処方1>50歳代の女性。病院の外科。

ノルバデックス錠20mg 1錠 1日1回 朝食後 70日分

<効能効果>

●ノルバデックス錠20mg<タモキシフェンクエン酸塩>
乳癌

どうした?どうなった?

ある時、患者から服用している薬に関して質問があった。

患者:「視力の低下や目のかすみの症状が現われたらすぐに眼科を受診するよういつも言われるが、ノルバデックス錠の服用で、視力の低下や目のかすみなどの副作用が起こる理由を教えてほしい。」

本副作用に関する発生機序についての知識が不足していたため、薬剤師はその場では回答できず、後ほど電話で連絡すると患者に約束し、詳細を調べて当日中に電話で説明をした。

なぜ?

各抗癌薬の副作用に対する知識が不足していた。また、何故そのような副作用が起こるのか疑問に思ったことがなかった。副作用についての主な症状などは伝えていたが、患者が副作用のメカニズムにまで疑問を持つとは思っていなかった。

火照り、不正出血などの婦人科系の副作用に関しては、薬剤師国家試験の勉強で学び、質問されても患者が納得できるような回答を用意できていた。視覚異常の副作用は、薬理学で学んだタモキシフェンの作用機序と結びつかず、原因が明らかになっていないものだと勝手に思い込んでいた。

ホットした!

当薬局は抗癌薬の処方が多く、副作用の出る頻度が多い。副作用に関して機序が明らかになっていないものもあるが、判明しているものに関してはしっかり勉強して知識をもっておく必要がある。

今後、眼科系の重大な副作用(涙道閉塞)が現れる可能性があるとされているティーエスワンについてもメカニズムを調査する。

もう一言

タモキシフェンによる眼障害は、網膜障害および視神経障害として報告されることが多い。その発生機序の詳細は不明であるが、グルタミン酸トランスポーターに対する影響や、タモキシフェンと脂質の複合体である網膜色素上皮細胞リソソームへの影響などの可能性が示されている。以下に詳細を記載する。

<1.タモキシフェンによる眼の副作用の症状>

添付文書上、タモキシフェンの重大な副作用の一つに視力異常(0.1~5%未満)、視覚障害(0.1%未満)があり、「視力異常、また、角膜の変化、白内障、網膜症、網膜萎縮、視神経症、視神経炎、視神経萎縮等の視覚障害があらわれることがあるので、視力低下、かすみ目等があらわれた場合には眼科的検査を行い、異常があれば投与を中止すること。」と記載されている[引用文献(1)]。

また、タモキシフェンにおいては、網膜障害および視神経障害等の報告が多い[引用文献(2)]。「重篤副作用疾患別対応マニュアル」の「網膜・視路障害」には、症状として『「視力が下がる」、「近くのものにピントが合いにくい」、「色が分かりにくくなる」、「暗くなると見えにくくなる」、「視野が狭くなる」、「視野の中に見えない部分がある」、「光りが見える」、「ものがゆがんで見える」などがみられ、その症状が持続あるいは急激に悪くなる』と記載され、これらの症状が見られる薬剤の一つとして、タモキシフェンが挙げられている[引用文献(3)]。

タモキシフェン網膜症は1日使用量が高用量だから発症するものではなく、低用量でも服用期間がある程度長期に渡っていると発症する可能性がある[引用文献(4)]。
タモキシフェンによる視障害は報告数もまだ多くなく、見逃されている可能性が大いにあると思われる。

現在のところ、網膜症は不可逆的変化と考えられており、薬剤を中止しても視力の回復は望めないとされている[引用文献(2)]。タモキシフェン服用中は定期的に眼の状態を確認し、何らかの症状が認められた場合には早急に眼科受診を勧める必要がある。

<2.タモキシフェンによる眼の副作用の発生機序>

タモキシフェンによる眼の副作用の発生機序については不明であるが、以下の可能性が考えられている。

a)グルタミン酸の関与
網膜内における重要な神経伝達物質であるグルタミン酸は、細胞外濃度が上昇するとグルタミン酸受容体の過剰な活性化により、グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を呈する。細胞外のグルタミン酸濃度は、グルタミン酸トランスポーターにより厳密に制御されているが、動物試験でタモキシフェンがこの輸送を阻害することが報告されており、グルタミン酸の細胞外濃度が上昇した結果、網膜に障害をあたえるのではないかと推測されている[引用文献(5)]。

b)タモキシフェンとリン脂質が複合体を形成
タモキシフェンはリン脂質と複合体を形成し、網膜色素上皮細胞のリソソーム内に蓄積される。蓄積された複合体が網膜色素上皮細胞におけるリソソーム酵素活性に影響を与えるのではないかと考えられている[引用文献(6)]。

[引用文献]
(1)ノルバデックス錠の医薬品インタビューフォーム
(アストラゼネカ株式会社 2020年7月改訂)

(2)柏木広哉,JpnJCancerChemother,37(9):1639-1644,2010.

(3)重篤副作用疾患別対応マニュアル網膜・視路障害
(厚生労働省 令和元年9月改定)

(4)NoureddinBNetal.,Eye,13:729-733,1999.

(5)NonoyamaT,FukudaR,JToxicolPathol,21:9-24,2008.

(6)加治屋志郎他,あたらしい眼科,16(8):1145-1148,1999.

澤田教授

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。

薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。

記事作成日:2023年1月18日

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