薬剤師の聞き方で誤解を生んだ疑義照会
前回の抗生物質の処方はビクシリンカプセル<アンピシリン>のみであったが、今回はそれに加えてダラシンカプセル<クリンダマイシン>が追加で処方された。薬剤師は、一方の抗生物質を服用し終えた次の日からもう一方の抗生物質を続けて服用するものと思い込んだ。しかし、実際は両抗生物質を同時に服用するよう処方されたものであった。
<処方1>40歳代の女性。病院の口腔外科。11月5日(今回)。
ビクシリンカプセル250mg | 8Cap 1日4回 毎食後・就寝前 3日分 |
---|---|
ダラシンカプセル150mg | 6Cap 1日3回 毎食後 4日分 |
セレコックス錠200mg | 2錠 1日2回 朝夕食後 7日分 |
<処方2>11月2日(前回)。
ビクシリンカプセル250mg | 8Cap 1日4回 毎食後・就寝前 3日分 |
---|---|
セレコックス錠200mg | 2錠 1日2回 朝夕食後 3日分 |
<効能効果>
●ビクシリンカプセル250mg<アンピシリン水和物>
<適応菌種>
本剤に感性のブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌、腸球菌属、淋菌、炭疽菌、放線菌、大腸菌、赤痢菌、プロテウス・ミラビリス、インフルエンザ菌、梅毒トレポネーマ
<適応症>
表在性皮膚感染症、深在性皮膚感染症、リンパ管・リンパ節炎、慢性膿皮症、外傷・熱傷及び手術創等の二次感染、乳腺炎、骨髄炎、咽頭・喉頭炎、扁桃炎、急性気管支炎、肺炎、肺膿瘍、膿胸、慢性呼吸器病変の二次感染、膀胱炎、腎盂腎炎、淋菌感染症、梅毒、腹膜炎、肝膿瘍、感染性腸炎、子宮内感染、眼瞼膿瘍、麦粒腫、角膜炎(角膜潰瘍を含む)、中耳炎、副鼻腔炎、歯周組織炎、歯冠周囲炎、顎炎、抜歯創・口腔手術創の二次感染、猩紅熱、炭疽、放線菌症
●ダラシンカプセル75mg・150mg<クリンダマイシン塩酸塩>
<適応菌種>
クリンダマイシンに感性のブドウ球菌属、レンサ球菌属、肺炎球菌
<適応症>
表在性皮膚感染症、深在性皮膚感染症、慢性膿皮症、咽頭・喉頭炎、扁桃炎、急性気管支炎、肺炎、慢性呼吸器病変の二次感染、涙嚢炎、麦粒腫、外耳炎、中耳炎、副鼻腔炎、顎骨周辺の蜂巣炎、顎炎、猩紅熱
患者は、顎の感染症で口腔外科を受診していた。前回(処方2)と比較して、今回はダラシンが追加されており(処方1)、セレコックス錠<セレコキシブ>の処方日数から考えると、2種類の抗生物質を順番に服用するのではないかと薬剤師は推測したが、服用方法が不明瞭であった。そこで、鑑査を担当した薬剤師Aが病院事務員を通じて疑義照会を行った。
薬剤師A:「ビクシリンとダラシンのどちらを先に服用するか、順番は決められていますか?」
事務員は医師に確認して、医師の言葉通り「どちらが先でも良い。」と薬剤師Aに伝えた。
薬剤師Aは、処方箋の備考欄に疑義照会内容として『ビクシリンとダラシンは、どちらを先に服用してもよい。同時に服用はしない。』と記載した。
投薬を担当した薬剤師Bは、処方箋の備考欄を見て『どちらを先に服用しても良い。』という記載を不審に思い患者に確認したところ、現在の抗生物質に一つ追加で2種類を一緒に服用するよう医師から聞いていた。
改めて疑義照会を行ったところ、抗生物質2種類は同時に服用であった。
薬剤師Aは、セレコックスの処方日数(7日分)から判断して、どちらか一方を服用した後(例えばビクシリンを3日間飲み終えてから)、残りを服用する(続けてダラシンを4日間服用する)のだろうと思い込んだ。
疑義照会時に薬剤師Aが「どちらを先に服用するか、順番は決められていますか?」と誤解を生む表現で聞いてしまった。事務員と医師は、同じ日に飲む前提でビクシリンとダラシンの服用順をどうするかの質問であると思い込み、「どちらが先でも良い。」という回答をしてしまった。
今回の事例であれば、以下の様に尋ねるべきである。
薬剤師A:「抗生物質が2種類処方されていますが、どちらか一方を日数分服用し、次の日から続けてもう一方を服用するのでしょうか?或いは、両剤を同じ日に同時に服用するのでしょうか?」
このように疑義照会を行っても回答が不明瞭であれば、さらに確認する必要がある。
変更内容や服用方法が明確でない場合、まず患者に医師から説明を受けているかどうかを確認したうえで疑義照会をする。
もし処方1の意図が、どちらか一方を日数分服用し、次の日から続けてもう一方を服用するという意図であった場合、服用開始日を指示する必要があるため処方箋には以下のように記載されるはずである。
<処方3>40歳代の女性。病院の口腔外科。11月5日。
ビクシリンカプセル250mg | 8Cap 1日4回 毎食後・就寝前 3日分 (11/5、11/6、11/7に服用) |
---|---|
ダラシンカプセル150mg | 6Cap 1日3回 毎食後 4日分 (11/8、11/9、11/10、11/11に服用) |
セレコックス錠200mg | 2錠 1日2回 朝夕食後 7日分 (11/5~11/11に服用) |
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
-
- 事例211
- プレドニン錠中止時の漸減を忘れる落とし穴
-
- 事例206
- スタレボ配合錠L100を半錠で調剤できる?
-
- 事例203
- エフピーOD錠とアジレクト錠の併用?
-
- 事例202
- 包数の多い散剤処方に介入して服薬の煩わしさの改善
-
- 事例201
- 点眼薬のみが処方されていた理由
-
- 事例200
- 家族への服用中止の指示は、電話連絡だけでは不十分
-
- 事例199
- 酸化マグネシウム原末が義歯にはさまって効果減弱
-
- 事例197
- 薬名類似による誤処方を発見し疑義照会
-
- 事例196
- 医師の一言『効果の高い薬』で不安になった患者
-
- 事例194
- 認知症患者の服薬状況の把握不足
-
- 事例192
- 患者が自己判断でリリカOD錠の服用を中止
-
- 事例188
- 指導不足によるタリビッド点耳液の不適正使用
-
- 事例187
- 薬の併用による副作用について疑義照会
-
- 事例186
- アロプリノール錠の服薬状況の認識不足
-
- 事例185
- 患者が一包化薬の分包ごと服用していいかと質問
-
- 事例184
- ゼローダ錠の服薬スケジュールに関して疑義照会
-
- 事例183
- イーケプラ錠の不均等処方について疑義照会
-
- 事例182
- レキップCR錠の急激な減量を発見し疑義照会
-
- 事例181
- ニトロペン舌下錠の保管方法に関する服薬指導不足
-
- 事例179
- 処方意図が不明なため疑義照会を検討
-
- 事例177
- 患者のジェネリック医薬品に対する考え方が変化
-
- 事例176
- 知識不足で『レスパイトケア』の意味が分からず
-
- 事例174
- 骨折でドライブスルー利用した患者への配慮不足
-
- 事例173
- 腎臓疾患患者へのアスパラカリウム錠処方を疑義照会
-
- 事例172
- 薬剤師の聞き方で誤解を生んだ疑義照会
-
- 事例170
- 疑義照会にて薬名類似による処方ミスと発覚
-
- 事例169
- キサラタン点眼液 点眼し忘れ時の対応の説明不足
-
- 事例168
- 慢性腎不全患者へのワントラム錠処方を疑義照会
-
- 事例167
- 口腔内の乾燥によるニトロペン舌下錠の溶解遅延
-
- 事例166
- ウルティブロ吸入後のうがいは必要?
-
- 事例165
- 患者の服薬不遵守を察知し、メトグルコ錠の処方変更
-
- 事例162
- フェントステープの使用法と注意すべき点とは?
-
- 事例161
- 個装箱内の残薬に気づかず破棄
-
- 事例158
- 複合要因から後発品の普通錠を徐放錠で誤調剤
-
- 事例157
- 禁忌薬の認識不足で妻が自身への処方薬を夫と共用
-
- 事例155
- テルネリン錠の増量処方を見落とし調剤
-
- 事例154
- プラリア皮下注には天然型のデノタスが必須と勘違い
-
- 事例153
- 患者からの申告がなく緑内障既往歴を把握せずに投薬
-
- 事例150
- 胃全摘患者へのランソプラゾール処方を疑義照会
-
- 事例147
- 中止すべきバイアスピリンを患者が誤って服用
-
- 事例144
- 前回処方年月日を見誤り、的外れな服薬指導
-
- 事例142
- セレスタミンにプレドニン追加でステロイドが重複
-
- 事例141
- セルニルトン服用が花粉症に効くという仮説
-
- 事例139
- 手書きの麻薬処方箋の「(8時」を「18時」と誤読
-
- 事例138
- リパクレオンカプセルの1シート当たりの数に注意
-
- 事例137
- パーキンソン病治療薬による病的賭博の副作用を発見
-
- 事例134
- ムコスタ点眼液UDの副作用の説明不足
-
- 事例131
- 患者の認識と処方内容に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例128
- アロマシン錠に関しての患者の理解度の確認不足
-
- 事例124
- 介護者の負担軽減のために服薬ゼリーの使い方を指導
-
- 事例122
- 腎機能が悪くない患者にケイキサレート散が処方
-
- 事例121
- クラビット錠の疑義照会で、偽造処方箋が発覚
-
- 事例120
- ユベラNカプセルなど3剤の継続処方の確認不足
-
- 事例118
- ノルスパンテープの貼付期間の説明不足
-
- 事例111
- 高用量ベネットによる副作用の認識不足
-
- 事例109
- 水痘患者への亜鉛華単軟膏の処方を疑義照会
-
- 事例107
- 端数のPTPシートを組み合わせて調剤
-
- 事例105
- フォルテオ保管方法の説明不足
-
- 事例104
- 腎機能低下者に通常用量でシタグリプチンが処方
-
- 事例102
- 患児の外見と記載の体重に違和感を覚え疑義照会
-
- 事例101
- ナウゼリンの1回量過量の見逃し
-
- 事例98
- 異なるPTPシートによる数量の誤調剤
-
- 事例97
- 漢方薬初回処方患者への副作用の説明不足
-
- 事例96
- 視覚障害者に最適なうがい液へ疑義照会
-
- 事例95
- 1回量と1日量を読み違えて誤調剤
-
- 事例89
- スタチンの一般名を病院外来事務職員が誤認
-
- 事例76
- 一部手書きの処方箋により用法を誤認識
-
- 事例64
- 服用時点の押印ミスで朝夕の薬を逆に投薬
-
- 事例60
- 患者が激怒!了承を得ずに行った疑義照会
-
- 事例37
- シプロキサンとルボックスは併用禁忌?
-
- 事例14
- インスリン製剤はどれも同じと思った患者
-
- 事例10
- 遮光が必要なのはモーラステープ?
-
- 事例06
- 手書き処方せんを読み間違って半量を調剤
-
- 事例01
- え!?…私ってうつ病?