ラクツロースについての知識不足による不十分な服薬指導
ラクツロース投薬時、患者から「ラクツロースで糖尿病になることはないのか?」と質問を受けた。ラクツロースは吸収されないため、血糖値は上昇しないことを説明したが、果たしてその説明は正しかったのか不安になった。
<処方1>70歳代の女性。病院の消化器科。処方オーダリング。
ラクツロース・シロップ60%「コーワ」 | 30mL 1日 3回 毎食後56日分 |
---|---|
ウルソデオキシコール酸錠100mg「トーワ」 | 3錠 1日 3回 毎食後56日分 |
他 |
<効能効果>
●ラクツロース・シロップ60%「コーワ」<ラクツロース>
高アンモニア血症に伴う下記症候の改善
精神神経障害、脳波異常、手指振戦
患者は肝硬変であり、ラクツロースが継続処方されていた(処方1)。投薬時に、気になることはないか尋ねた。
患者:「この液体、甘くて。糖尿病にならないかしら?心配だわ。」
薬剤師:「ラクツロースは体内に吸収されないので、血糖値が上がることはないので大丈夫ですよ。」
しかし、薬剤師は、本当に血糖値に影響しないのか不安になり、投薬後に念のため添付文書を調べた。ヒト消化管粘膜には、ラクツロースを分解する酵素が存在しないため、経口投与されたラクツロースは消化・吸収されることなく下部消化管に達すると記載されており、副作用として血糖値上昇に関する記載はなかった。
一方で、特定の背景を有する患者に関する注意において、合併症・既往歴等のある患者として糖尿病の患者が挙げられていた。また、インタビューフォームには、ラクツロースの製剤中のカロリーは製剤1mLあたり約2kcalであるとの記載があった([もう一言]参照)。当該患者は、1日30mL服用であることから、60kcal/日を摂取しており、多少の注意が必要であると薬剤師は考えた。
その後、薬剤師がメーカーに確認したところ、主成分のラクツロースは吸収されず、乳糖やガラクトースのカロリーはわずかであるため([もう一言]参照)、これまでの臨床試験や副作用報告でも血糖値上昇などの報告はないことがわかった。
薬剤師は、ラクツロースの甘さから血糖値や糖尿病への影響を心配する患者が存在することを想像できていなかった。
ラクツロースは消化管吸収されないため、血糖値は上がらないということは認識していたが、なぜ吸収されないのか、カロリーはどの程度なのか、などの詳細な情報は認識していなかった。
ラクツロースはかなり甘いため、血糖値上昇や糖尿病悪化など、体への影響を心配する患者が存在することを認識する。
服薬アドヒアランスが低下しないよう、薬の有用性(薬効)やカロリーはあるが吸収されないこと、血糖値や糖尿病に影響しないこともしっかりと患者に伝える必要がある。
1.製剤の熱量
主な糖質 | 製剤中1mL中の含有量 | 熱量(kcal)/ラクツロース1mL* |
---|---|---|
ラクツロース | 0.6g | 1.2kcal |
乳糖 | 0.07g以下 | 0.28kcal以下 |
ガラクトース | 0.13g以下 | 0.52kcal以下 |
*1999年4月26日衛新第13号新開発食品保健対策室長通知「栄養表示基準における栄養成分等の分析方法等について」より、ラクツロース2kcal/g、乳糖4kcal/g、ガラクトース4kcal/gとして計算。
2.薬物動態
・吸収
ラットにラクツロースを投与量1.2g/kgで経口投与したとき、未変化体での消化管吸収は0.6%と微量であった。
・代謝
ラットにラクツロースを投与量1.2g/kgで経口投与したとき、僅かに吸収されたラクツロースは体内で代謝されなかった。
ヒト消化管にはラクツロースを分解する酵素は存在しないが、一部の腸内細菌(特にビフィズス菌)によって、利用分解されることが報告されている。
ラクツロースは腸内細菌により六炭糖、有機酸及びその他に分解され、分解物として吸収後さらに二酸化炭素に代謝される。
・排泄
ラットにラクツロースを投与量1.2g/kgで経口投与したとき、ラクツロースは小腸で吸収をほとんど受けずに大腸に達し、腸内の微生物により利用されて、六炭糖(フラクトース、グルコース)、有機酸(乳酸、ピルビン酸等)及びその他の分解物となり、これらは更に代謝され、主に呼気中に二酸化炭素として排泄された。
ラクツロース及び分解物の排泄率は投与後72時間迄に呼気中に49%、尿中に4%、糞便中には24時間迄に24%であることが確認された。なお、消化管で僅かに吸収されたラクツロースはそのまま尿中に排泄された。
3.作用機序
ヒト消化管粘膜には、ラクツロースを分解する酵素が存在しないため、経口投与されたラクツロースは消化・吸収されることなく、下部消化管に達し、ビフィズス菌、乳酸菌によって利用・分解され、有機酸(乳酸・酢酸)を産生する。この有機酸は以下の作用を有することが報告されている。
・腸管内pHの酸性化をもたらす。
・アンモニア産生菌の発育を抑制する。
・腸管内アンモニアの吸収を抑制する。
[参考資料]
●ラクツロース・シロップ60%「コーワ」
/ラクツロース・シロップ60%分包10mL「コーワ」
/ラクツロース・シロップ60%分包15mL「コーワ」添付文書
(興和株式会社 2020年1月改訂)
●ラクツロース・シロップ60%「コーワ」/分包10mL「コーワ」/分包15mL「コーワ」インタビューフォーム
(興和株式会社 2020年4月改訂)
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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