Prof.Sawadaの薬剤師ヒヤリ・ハット・ホット
事例150

胃全摘患者へのランソプラゾール処方を疑義照会

ヒヤリした!ハットした!

胃全摘患者にタケプロンOD錠<ランソプラゾール>が処方されていた。食道のムカムカ感を抑えるための処方であったが、医師は胃全摘であることを認識していなかった。更に、処方した医師、調剤した薬剤師ともに、胃全摘術後逆流性食道炎に対してプロトンポンプ阻害薬(PPI)が使用されることへの認識がなかった。

<処方>60歳代の男性。Aクリニック。処方オーダリング。

タケプロンOD錠30 1錠 1日1回 朝食後 14日分

*Aクリニックは循環器科を専門にしている。

<効能効果>

●タケプロンOD錠15・30<ランソプラゾール>

〈タケプロンOD錠15〉
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、Zollinger-Ellison症候群、非びらん性胃食道逆流症、低用量アスピリン投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制、非ステロイド性抗炎症薬投与時における胃潰瘍又は十二指腸潰瘍の再発抑制
下記におけるヘリコバクター・ピロリの除菌の補助:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎

〈タケプロンOD錠30〉
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、吻合部潰瘍、逆流性食道炎、Zollinger-Ellison症候群
下記におけるヘリコバクター・ピロリの除菌の補助:胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌に対する内視鏡的治療後胃、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎

どうした?どうなった?

患者は以前よりAクリニックにおいてタケプロンが継続処方されていた。今回投薬時の患者への質問で、最近、B病院にて胃を全摘したことがわかった。
薬剤師は、胃全摘患者にタケプロンが必要であるか疑問に思い、Aクリニックの医師に疑義照会したところ、タケプロンは中止された。患者は、単に食道がムカムカすると訴えただけであったため、医師は、患者が胃全摘であることを認識できなかったようである。

患者は用事のため一旦離局した後夕方に来ることになっていたため、薬剤師はその間に胃全摘患者にPPIが処方されることがあるのかをメーカーに問い合わせたり、インターネットや書籍等で調べたりした。すると『胃全摘術後逆流性食道炎』という疾患があり、H2受容体拮抗薬やPPIが処方されることもあると知った。そこで再度、Aクリニックの医師に疑義照会したところ、今回は再度処方となったが、今後、治療法を再考するとのことであった。

患者には逆流性食道炎に対する生活上の注意(特記事項参照)を指導して、タケプロンを交付した。

なぜ?

投薬した薬剤師、処方した医師(主に循環器疾患の診断・治療にあたっている)は共に、胃全摘術後逆流性食道炎という病態やその治療法の詳細を知らなかった。

ホットした!

胃全摘患者の特徴や生活上の注意点を把握し、処方チェックや服薬指導に生かすようにする。

もう一言

●胃全摘術後逆流性食道炎について
逆流の程度や、逆流するのが胃酸か胆汁かあるいはその両方かは、主として再建術式に依存する。したがって、治療法に関しても切除範囲、再建方法、吻合臓器、吻合部位や付加操作の有無などの情報をできるだけ正確に得ておく必要がある。
胃全摘後では、胆汁と膵液を含む十二指腸液の逆流が刺激となることが問題となる。基本的には胃全摘術ではPPIのターゲットである壁細胞がなく、胃全摘後の胸焼けには無効であると考えられているが、PPIが有効だとの症例報告も散見する。
また、動物実験の段階であるが、PPIに炎症性サイトカイン産生抑制作用が認められているが、ヒトにおける効果は現時点では不明である。
逆流性食道炎に対する生活上の注意として、食後2~3時間は臥位にならない、就寝時は上半身挙上体位をとる、肥満や便秘による腹圧上昇を予防するなどがある。

(臨牀消化器内科,23(7):937-942,2008.より引用)

澤田教授

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。

薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。

記事作成日:2021年11月08日

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