視覚的説明不足により患者がブドウ糖をブドウ果汁と勘違い
ベイスン<ボグリボース>などの糖尿病治療薬を服用中の患者に、低血糖症状対策として、ブドウ糖の携帯状況を確認したところ、「ブドウ糖は要らない、毎日ブドウ果汁を飲んでいるから大丈夫。」と答えた。
<処方1>70歳代の男性。病院の消化器科。処方オーダリング。
グリミクロンHA錠20mg | 1錠1日1回 朝食後 28日分 |
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ベイスンOD錠0.3mg | 3錠1日3回 毎食直前 28日分 |
他5剤 | |
ブドウ糖(10g/袋) | 10袋 |
<効能効果>
●ブドウ糖
・低血糖症状への対応
患者は糖尿病で<処方1>を継続服用していた。今回、服薬状況などを確認したところ、患者から「ヘモグロビンA1cは少し高くて7.2だった。低血糖はない。ブドウ糖は要らない。以前、薬剤師からブドウを摂るようにと言われて、毎日、ブドウ果汁を1杯飲んでいるため、低血糖は心配ない。」と言われた。患者が飲用しているブドウ果汁は、紙パック入りの100%グレープ250mL(123Kcal、炭水化物30g、糖類29g)であった。
「薬剤師からブドウを摂るようにと言われた」ことについては、患者の聞き違いと思われる。
薬剤師は一瞬驚き、ブドウ果汁にブドウ糖が含まれていることは予想できるが、毎日、低血糖予防のためにブドウ果汁を摂取することは、不必要な糖分摂取となり好ましくないと思った。
患者には、低血糖の症状について指導せんを使用して口頭で再度説明し、『ブドウ糖は低血糖症状が起きたときに摂取すればよいものであり、日々の適切な食事療法が必要である。低血糖予防のための定期的なブドウ果汁摂取は血糖管理上好ましくない』ということを伝えた。さらに、低血糖時の対応のためにブドウ糖の粉末を10回分交付した。
患者は、これまで、殆ど低血糖を起こすことはなかったが、以前、薬剤師が低血糖時のブドウ糖摂取について説明した際に、患者には「ブドウ糖」はなじみのない言葉であり、口頭のみで「ブドウトウ」と聞くと「葡萄」の印象が強く、葡萄を摂取すれば良いと思い違えたようであった。なじみのない言葉を使用する際には、指導せんなどを用い、ブドウ糖の粉、葡萄の実、葡萄ジュースなど(現物でなく写真でも良い)を使って視覚にも訴えるべきであることに薬剤師が気付いていなかった。そもそも、ブドウ糖を理解していない患者が存在することを想定していなかった。
薬剤師は、低血糖が起きていないかについては定期的にフォローしていたが、患者がブドウ果汁を毎日摂取していることについては、情報を得られていなかった。
医療関係者などが普通に使用している言葉であっても、患者によっては、誤って受け取る可能性のある言葉について、改めて局内で検討する必要がある。
普段の投薬時に、患者の低血糖に対する認識とその対策はどうしているのか、こちらから説明するだけではなくて、患者に対して考え方などを尋ねてみることが大切である。
果物のブドウには、主にグルコース(ブドウ糖)と果糖がほぼ同率で含まれていると報告されている(石川県農林総合研究センター農業試験場研究報告31:17-27,2015)が、品種、熟成度、ジュース製造法などにより含有量は変動するので、その効果は明確でないため低血糖発症時のレスキューとしては用いない方が良いことも伝える必要がある。
グルコース(glucose)は果物や穀類などに多く含まれ、自然界に最も多く存在する単糖類である。ブドウから発見されたため日本語ではブドウ糖と呼ばれている。
[参考資料]
・ブドウ‘ルビーロマン’の糖、有機酸および揮発性成分の分析
2015年、石川県農林総合研究センター農業試験場研究報告 31:17~27
・ブドウ糖
厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト e-ヘルスネットより
澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。
薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。
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