Prof.Sawadaの薬剤師ヒヤリ・ハット・ホット
事例103

患者がゾルピデムを「ピンクの薬」と表現したことで混乱

ヒヤリした!ハットした!

患者が言った「ピンクの薬」に対して、患者と薬剤師が思い浮かべた薬剤が異なっていた。患者は淡いだいだい色の薬(ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」)をピンクの薬と表現していたが、薬剤師の視点からは処方された薬の中にピンクの薬は見当たらなかったため混乱を招いた。

<処方1>60歳代の男性。病院の内科。処方オーダリング。

ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」 1錠 1日1回 寝る前 14日分

<処方2>

コントミン糖衣錠25mg 1錠 1日1回 寝る前 14日分

<効能効果>

●ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」
不眠症(統合失調症及び躁うつ病に伴う不眠症は除く)

どうした?どうなった?

当該患者には、いつもゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」が処方されていたが(処方1)、今回はコントミン糖衣錠に変更になっていた(処方2)。

そこで残薬確認及び重複服用防止の目的で、薬剤師が「いつもの寝る時のお薬は、もう手持ちないですか?」と尋ねたところ、患者から「寝る前のピンクの薬が余っているが、それは飲んで良いのか?」と質問があった。

今までに処方された寝る前服用の薬剤は、ロゼレム錠8mg(うすいだいだいみの黄色)、ソラナックス0.4mg錠(白色)、ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」(淡いだいだい色)であり、薬剤師の視点からはピンクの薬は見当たらなかった。隣にいた患者の妻が「食後に飲む薬じゃないか?」と言ったため、さらに薬歴を遡ると過去に風邪をひいたときにフスタゾール糖衣錠10mg(紅色)が処方されていた。それかと思い、薬剤師が「咳止めの薬ですか?」と聞いたところ、患者は「違う。寝る前の薬だ」と答えた。
念のため、ゾルピデムの実薬を持ってくると、「それで合っている」とのことであった。

なぜ?

薬剤師には、ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」がピンクには見えなかったため、患者の意図している薬が何か分からなかった。人によって色の表現の仕方が異なることを認識していなかった。
患者は、錠剤の色で薬を認識しており、しかも患者自身の思い込みで薬の色を認識していた。

ホットした!

ゾルピデム酒石酸塩錠5mg「EE」の添付文書の性状・剤形では、「淡いだいだい色の割線入りのフィルムコーティング錠」と表現されている。淡いだいだい色をピンクと表現する患者が存在することがわかった。

もう一言

色に関する認識の違いによってトラブルが発生した類似事例を以下に示す。

認識に個人差がある「茶色」

患者が「茶色の粉薬は余っているから要らない」と言ったため、薬剤師は医師に確認の上、S・M配合散(一般名:タカヂアスターゼ・メタケイ酸アルミン酸マグネシウム・炭酸水素ナトリウム・沈降炭酸カルシウム・ほか生薬配合)を中止とし、処方薬を交付した。ところが、患者が言った「茶色の粉薬」とはS・M配合散ではなく、桂枝茯苓丸エキス顆粒だった。

<処方3>70歳代の男性。胃炎、うつ病、気管支喘息。

(1)ツムラ桂枝茯苓丸エキス顆粒 7.5g 1日3回 毎食前 28日分
(2)S・M配合散
マグミット錠250mg
3.9g
9錠
1日3回 毎食後 28日分
(3)パキシル錠10mg 1錠 1日1回 夕食後 28日分
(4)パルミコート200μgタービュヘイラー56吸入 1本 1日2回 1回1吸入

この患者は処方内容が頻繁に変わり、服薬コンプライアンスは良くなかった。今回、薬剤師が自宅に残薬がないか確認したところ、患者は「茶色の粉薬は余っているから要らない」と言った。「茶色の粉薬」をS・M配合散だと思った薬剤師が、処方医に報告したところS・M配合散は処方中止となったため、調剤せずに投薬した。ところが、自宅に戻った患者から電話があり、「茶色の粉薬は要らないと言ったのに入っている。代わりにベージュ色の薬が入っていない」とクレームを受けた。

S・M配合散の外観は、添付文書によると「淡灰色~灰褐色」とされており、透明の包装に分包されている。一方のツムラ桂枝茯苓丸エキス顆粒は、橙色の帯が入った銀色の遮光包装である。患者は橙色の帯から「茶色の粉薬」と表現したと考えられるが、薬剤師はまさか橙色が「茶色」と表現されるとは思わなかった。

患者が「茶色の薬」などと色で薬を指した場合には、薬剤師は医薬品名や用法・用量などを確認して、その薬が何であるかを特定すべきである。処方の変更があったときは、投薬カウンターで薬袋から処方薬を取り出し、薬剤を患者と共に確認しながら、前回との変更点などを念入りに説明する。
『茶色の粉薬はご自宅に余っているから要らないということですね。わかりました。それはどのお薬ですか。「ツムラ」で始まる漢方薬で、食事の前に飲むことになっている、銀色の包装に橙色の帯が入っている薬ですね。先生に報告の上、中止の確認をとりますのでお待ちください。』

(澤田康文著:ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント3、日経BP社より)

澤田教授

澤田教授
四半世紀にわたって医療・介護現場へ高感度のアンテナを張り巡らし、薬剤師の活動の中から新しい発見、ヒヤリ・ハット・ホット事例を収集・解析・評価し、薬剤師や医師などの医療者や患者などの医療消費者へ積極的に発信している。最近は、医薬分業(薬の処方と調剤を分離し、それぞれを医師と薬剤師が分担して行うこと)のメリットを全国民に理解してもらうためにはどのような仕組みとコンテンツが必要かや、医療・介護の分野でDXが進む中で薬剤師はどのような役割を果たすべきかなどを、日々考えている。

薬学者。東京大学薬学部卒業。その後、米国国立衛生研究所研究員、東京大学医学部助教授、九州大学大学院薬学研究院教授、東京大学大学院情報学環教授を経て、現在、東京大学大学院薬学系研究科客員教授。更に、NPO法人 医薬品ライフタイムマネジメントセンター理事長・センター長。著書には「ポケット医薬品集2024」(南山堂,2024年)、「処方せんチェック・ヒヤリハット事例解析 第2集」(じほう,2012年)、「ヒヤリハット事例に学ぶ服薬指導のリスクマネジメント」(日経BP社,2011年)、「処方せんチェック虎の巻」(日経BP社,2009年)、「薬学と社会」(じほう,2001年)、「薬を育てる 薬を学ぶ」(東京大学出版会,2007年)など他多数。

記事作成日:2019年11月25日

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