全身麻酔とは異なり、局所だけに麻酔効果を発揮することができる局所麻酔薬。
今は色々な場面で使われています。
以前紹介した吸入麻酔薬とはまた違った興味深い歴史があります。
今回はこの歴史を紹介します。

歴史上最古の局所麻酔薬とは!?

何と紀元前2250年頃の古代バビロニアまで遡ります。
当時において既に虫歯の存在が確認されています。
その痛みの除去が課題でした。
この時代に病気というのは魔物の仕業であるという考えがあったのですが、何故か虫歯に関しては例外で、目に見える歯の疾患という意識がありました。

現に当時の記録によると、虫歯で穴があいた部分にヒヨスと乳香樹脂の合剤が詰められていたとあるのです。
ヒヨスにはアトロピン、スコポラミン、ヒヨスチアミンなどのアルカロイドが含まれており、独特の臭みがありますが、乳香によってこれを抑えていたのではないかと推測されています。

また、後になって、アトロピンには現代でもよく使われている局所麻酔薬のプロカインの半分ほどの麻酔効果があることがわかり、どうやらこの成分が効いていたのではないかとも予想されています。
言わばこの合剤が最古の局所麻酔薬と言えます。

薬草からの麻酔成分単離が始まった!

19世紀に入ると、阿片からのモルヒネの単離に成功したのを皮切りに、キナの葉からキニーネ、ベラドンナからアトロピン、コカの葉からコカインといった具合に次々と成分が単離されていきました。
その後、モルヒネが全身麻酔に際しての前麻酔として有用であるという研究成果が出された際に、局所麻酔作用も検討されましたが、効果が認められませんでした。
また、前述したヒヨスからもアトロピンが単離されてはいましたが、効果が弱かったので徐々に無視されるようになっていったようです。

そして局所麻酔薬の発見へ!

19世紀後半に入ると、アトロピン以外の既に単離されていた成分に注目する動きが出る中、コカインに注目する人が登場しました。オーストリアの眼科医コラーという人物です。
彼は、白内障などの治療の際に、目の表層部分を触るので患者が悲鳴をあげるくらいの激痛にさいなまれることをずっと気にかけていました。
全身麻酔薬がすでに存在したので、これを使おうかとも考えていたのですが、麻酔後の嘔吐などの副作用が強く、またせっかく手術した目自体にも悪影響を与える場合があったので、極力避けていました。
局所的に麻酔作用を発揮するものがないかと探しまわっていたのです。
全身麻酔効果のあるものを点眼してみて、局所作用を調べ始めましたがどれも失敗に終わりました。

色々な成分で局所麻酔作用を探索していたそんなある日、たまたま研究室で、助手と二人でカエルの目にコカインを点眼した後、ピンで角膜をつつく実験をしてみたところ、目以外の動きは正常に保たれたまま、カエルは瞬きをしませんでした。
モルモットにも試したところ同様の反応が見られたのです。
興奮したコラーは自分の目にもコカインを点眼し助手に自分のピンでつついてもらったところ全く痛みを感じず、また逆に助手に点眼して同様のことを行っても痛みを感じなくなることが確認されました。
まさに局所麻酔作用のある物質の発見の瞬間でした。

その後は有機合成技術の進歩の助けを借りた!

20世紀に入ってからは、有機合成技術の進歩が局所麻酔薬の種類を増やすことを加速していきます。
コカインの構造式からプロカインが合成され、さらに化学的により安定なプロカインアミド、リドカイン、メピバカイン、ジブカインといった今でも臨床の場で使用されている局所麻酔薬が次々と合成されていき、作用機序も解明されてきました。

近年の内視鏡検査の進歩も、局所麻酔薬により内視鏡を気管支などの繊細な部位へと到達させられるようになったことがその発端だと言われています。
そのことが病気の早期発見率、治癒率の上昇につながっています。
是非覚えておいてください。