世間的に見ると「毒」というのは、かなり印象が良くない言葉です。人に害を加える物質というイメージがあるからでしょう。その反面、「薬」という言葉は真逆で、人の命を救えるものとして好印象な言葉です。しかし、実は色々な薬が毒から作られていることは、薬剤師であればよく知っていることでしょう。今回は、そんな毒から作られた薬に関して確認してみましょう。
そもそも薬と毒とは表裏一体??
筆者が薬学部へ入学して初めての薬学に関する講義の際に、「クスリを逆から読むとリスク、つまり薬と毒とは表裏一体であることをまずは意識しなさい」と習いました。今ではこの言葉は言い得て妙だなと感じます。
人に害を与えるものを毒と表しますが、毒も、副作用を十分に抑えられる、かつ、病気を治す影響を与えうる量で使用すると、薬に変わることがあります(もちろん服用量以外の調整も必要ですが)。しかし裏を返せば、適量を上回った場合、薬が毒に変わり得るということになります。臨床試験で決められた用量は統計学的なものなので、人によっては本来薬となる量でも、体が毒とみなしてしまうこともあります。これがいわゆる副作用というものです。
医師や看護師は薬が毒になり得ることに対する意識が薄いこともあるので、薬剤師は日ごろから「クスリとリスクは表裏一体」という意識を持つことが大事です。当たり前のことですが、現場にいると意外と忘れがちになるので注意しましょう。いわば「薬剤師の持つ天秤」による調整によって、薬にも毒にもなるのです。薬剤師1人1人が自身の天秤に磨きをかける必要があります。服薬指導の際には、こういったことを意識して用法用量を説明すると良いでしょう。
毒から生まれた薬とは??
毒から生まれた薬の中でも、今回は服用量の調整以外の方法も加わり、薬になった医薬品を紹介したいと思います。
まず、服用したら毒ですが、投与経路が変われば薬として使えるものとして、ボツリヌス毒素があります。ボツリヌス菌が作り出す毒は御存じのように猛毒ですが、少量を筋肉に注射すると筋肉の動きが抑制され、皮膚のたるみが引き締まります。この効果を利用して、ボツリヌス毒素はボトックス®という商品名の医薬品として美容外科などで使われています。
また、本来毒であるものを弱毒化することで薬として利用しているものもあります。例えば、ジフテリア・百日咳・破傷風のワクチンであるDPTワクチンが挙げられます。これは毒素を不活性化したトキソイドワクチンです。他にも、弱毒化しバイオマーカーとして転用した例として、クロロトキシンがあります。サソリの毒素であるクロロトキシンは、グリオーマと呼ばれる脳腫瘍と特異的に結合することがわかり、1cm以下の小さな腫瘍をも特定することができる「腫瘍ペイント」として利用されています。
副作用から生まれた薬として有名なのは?!
勃起不全治療薬として有名なバイアグラ®は、もともと狭心症の治療薬として開発されましたが、開発中に勃起を引き起こすような副作用が多く散見されました。これに注目し、勃起不全治療薬として転用したのです。もちろん、もともと狭心症の治療薬として開発されているので、高用量を投与してしまうと心臓への影響が出てきてしまいます。また、それだけでなく、ニトログリセリンなどと併用すると、動脈が広がりすぎて血圧急降下が起こってしまうことがあるので注意です。皮肉なことに、もともと期待されていたはずの血管拡張作用が今度は副作用とみなされるようになるということです。
この例からも、薬と毒の境界線は人にとってある有益な目的の下、その正しい影響を発揮すれば薬、それ以外の影響が発揮すれば毒とみなすといった具合に、至極曖昧なものであることが分かります。この曖昧さを薬剤師の天秤できちんと薬として患者さんへ届ける必要があります。医薬品だけでなく、サプリメントや健康食品なども、もちろん薬にも毒にもなりえます。ぜひ、医薬品やサプリメント、健康食品なども毒になり得ること、その曖昧さを薬剤師として調整していることを、意識してみてください。