コロナ禍で、ウイルスの変異体の話題が巷をにぎわせています。ウイルスの変異体とはつまり、「ウイルス内のゲノムが変異したもの」ということです。このゲノム変異については、ウイルスに限らず、人を含めたあらゆる生物でも起きている現象です。今回はこのゲノム変異について紹介します。

ゲノム変異が注目されている理由とは?

コロナ禍が続いている昨今において、ウイルス変異体が注目される中で、ゲノム変異は今や聞かない日がないくらい有名な言葉となりました。しかしながら、実はコロナが流行する前から、医学分野ではすでに、ゲノム変異は大切な概念となっていたのです。ゲノム変異が病気の発症につながったり、薬の効果に関係したりすることがわかってきたというのがその理由です。

また、放射線などに被ばくした際にもゲノム変異が起こることがあり、これにより様々な放射線障害を発症するため、ゲノム変異を理解することは医療人としては必須と言えます。

ゲノムについての基礎を確認しよう!

ゲノム変異を理解するためには、当然ながらゲノム自体を理解することがまずは大事になってきます。簡単に言えば、ゲノムとはその生命体についての設計図のことです。ゲノム上にはDNAが存在し、そのDNAの中に遺伝子が含まれているため、ゲノムが変異すると設計図が変わり、その結果として生体の色々な構造や機能が変わります。遺伝子配列についてはG・C・A・T(RNAの場合はU)の文字を使用し、これが一定のルールに従い3つずつ組合わさることで1つのアミノ酸を表現します(例えば、UUUでフェニルアラニンとなります)。
参考:コドン表(タカラバイオ株式会社)

コドン表にある塩基の組み合わせに従い、遺伝子からアミノ酸が作られ、作られたアミノ酸を基にタンパク質が合成されます。遺伝子配列が変われば作られるタンパク質も変化するこの機構こそが、前述した生体に変化をもたらす要因となります。
ちなみにアミノ酸もアルファベット一文字で表すのが通例で、例えばアラニンはAと表されます。

ゲノム変異にはどういったものがあるのか?

変異にもいくつか種類がありますが、以下4つの変異を押さえておきましょう。それぞれについて、配列例を用いて説明します。

【配列例】
メチオニン(AUG)—アスパラギン酸(GAU)−フェニルアラニン(UUC)—A・・・

(1)ミスセンス変異
配列例のうち、アスパラギン酸(GAU)の3個目のUがAに置き換わり、それにより、塩基配列がGAUからGAAに変わることで、結果として合成されるタンパク質のアミノ酸がアスパラギン酸からグルタミン酸に変わってしまうという変異です。

(2)フレームシフト変異
配列例のうち、フェニルアラニンのUUCの前にAが挿入されたり、UUCのCが欠失されたりする変異のことです。これにより、前者はAUU−Cが意味のある3つのかたまりになり、フェニルアラニンがイソロイシンに変わってしまいます。一方、後者の場合には、UUとその次のAが3つの固まりと認識され、UUAでロイシンに変わってしまいます。いずれにしろ、別のアミノ酸に変わってしまいます。

(3)ナンセンス変異
配列例のうち、フェニルアラニンのUUCが終始コドンであるUAAに変わってしまうという変異です。このUAAはアミノ酸を意味する配列ではなく、終わりを意味するもので、ここでタンパク質が作られるのが止まってしまうので、本来よりも短いタンパク質になってしまいます。

(4)サイレンス変異
少し変わった変異です。配列例のうち、フェニルアラニンのUUCがUUUに変わってしまうという変異ですが、UUCもUUUも同じフェニルアラニンを作り出す塩基配列なので、変異が起こっているにも関わらず、作られるタンパク質が変わらないため、体の機能にも何ら影響しません。つまり、変異が起こったとしても、この変異なら問題にならないことが多く、実際にこういった変異は日々起こっています。

ゲノム変異を医学的に見ると?

昨今の新型コロナウイルスを見てみると、例えばデルタ株と呼ばれるものはL452RとE484Qの変異が起きていると言われています。これはどういう意味かと言うと、452番目のアミノ酸であるL(ロイシン)がR(アルギニン)に、484番目のE(グルタミン酸)がQ(グルタミン)に変わっているという意味です。どこの場所が変異しているのかがわかれば、どういった形になるかなどが推測できるので重要です。

また、近年のがん治療にも変異の知識が応用されています。あるがんの患者さんでまず変異を調べて、特定の変異が確認されると、その変異の場合に効果がある薬剤を使用することで、効果が大きく発揮できるようになります。もちろん、変異が確認されない場合には、別の薬剤を選ぶ手間や、無駄な治療を避けられるというメリットもあります。これを「がん遺伝子パネル検査」と呼び、一度に複数の遺伝子変異を調べることが可能です。

ゲノム変異の理解が進んだことで、近年はオーダーメイド医療がかなり進歩し、また、今回のようにウイルスのパンデミックが起きた際にも、いち早くワクチンや治療薬が作れるようになりました。薬剤師であれば、ぜひゲノム変異についてもきちんと知っておいてください。

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