「マウスの透明化に成功した」というニュースを聞いて驚いた方も多いかと思います。これが医療の今後に革新的影響を与えると言われており、薬剤師も知っておいて損はない知識です。今回はこれを紹介したいと思います。

何故マウスなのか?

マウス透明化技術を開発したのは東京大学大学院医学系研究科教授の上田泰己(うえだひろき)博士です。実は筆者も以前、別の研究プロジェクトで一緒に研究していたこともあり、何度もお会いしたことがありますが、ノーベル賞も狙えるレベルの研究をこれまでいくつも行ってきたエース研究者です。初めて彼のマウス透明化に関する発表を聴いた時には、あまりの衝撃に身震いしたことを今でも鮮明に覚えています。

実はこれまでも、植物の透明化に成功したという報告や、ダンゴムシやカニを透明化したという報告がいくつか出てはいました。今回はマウスということに大きな意味があります。

では何故マウスだと意味があるのか?それは、ヒトの研究をする際の、また薬を開発する際のモデル動物として、最もよく使われているのがマウスだからです。マウス透明化によって、ヒトの体内をまさに真の意味での丸裸にできる可能性があるという点で非常に有意義になります。

元々は睡眠や覚醒の研究から始まった!

上田博士は元々睡眠や覚醒についての研究者でした。脳というのは未知の領域が多い臓器です。

脳は脂質で覆われています。これまで脳内を調べるためには、蛍光試薬や光を使って、脳の中を間接的な映像として取り出して調べる方法がメインでした。しかしこれはあくまで間接的であり、本当に脳内がそうであるかは確定できなかったという問題があります。さらに、脂質が邪魔をして、光が吸収されたり、屈折してしまったりするという問題点もありました。

これらを解決すべく、アミノアルコールという試薬で脂質を溶かし出し、かつ、光の速度を調整して光の透過率を上げることで、光の散乱が起きず、透明化することに成功したのです。これにより、脳の中でどうやって細胞や分子が移動するのかなどの動きが直接的に見えるようになります。今後の脳の研究の進歩が期待できます。

脳以外の組織の透明化はより困難である?!

脳以外の臓器を透明化するには実は大きな問題がありました。それは血液の色の問題です。特に肝臓や脾臓などのように血液が多い組織の場合には、多くの赤血球が含まれているため、これが光を吸収してしまいます。それまでは、血液を抜いてから透明化するという面倒な手順が必要であったため、なかなか気軽にできない手法でした。

血液の多い組織の透明化に至った経緯は実は偶然の出来事があったのです。「どうすれば血液が多い組織を透明化できるのか」と考えていた上田博士が、ある日たまたまお手洗いで隣の研究室の学生さんと一緒になった際に、その学生さんから、「血の付いたままの肝臓をアミノアルコールに浸したら透明になりました、先生が発見した試薬はすごいですね。」と声をかけられたそうです。これをすぐに確認したところ、何と、アミノアルコールは脂質だけでなく、血液の色素であるヘム色素も抜くことが確認されたのです。これを全身に応用できるようにさらに研究を重ねた結果、脳だけでなく、全身を透明化できる試薬の確立に至りました。

今後期待されることとは?

今後はマウスの透明化を利用することで、がん転移の詳細や認知症の進行メカニズムなどを直接確認できるようになります。さらに、この透明化は薬の動態や副作用のメカニズムなどにも応用することが期待されています。特に、がん転移を抑制するような抗がん剤の開発や、多くのものでメカニズムが未だによく分かっていない精神疾患系の薬が、実際にどの細胞にアプローチしているのかがはっきりとわかるようになることにつながります。

そうすると、薬を患者さんに渡す際には、そういったメカニズムまで説明できるようになるかもしれません。そんな時代の到来が刻一刻と近づいて来ていると、上田博士自身もおっしゃっています。そうなると、今は無関係と思われる薬剤師としても、決して他人ごとではなく、今のうちからマウス透明化についても知っておとよいでしょう。気になった方はぜひ調べてみてください。

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