がん患者が年々増えつつある我が国において、少しでも早期かつ正確にがんを発見できるようになることは至上命題とも言えます。正しい診断が出ないと正確な治療へ移れないことを考えると、まずは診断をきちんと確定させることが重要です。検査機器などの進歩によって診断精度は格段に増してきている中で、これまでの発想とは違うまったく新しい手法による検査方法の研究も盛んに行われています。新しい手法の検査法の中で、最近話題になっている「線虫を使ったがん検査」について、今後の薬剤師との関わりの可能性を考えてみましょう。
そもそも線虫とは?
線虫とは正式には線形動物と呼ばれ、非常に多くの種類が存在します。地球上の様々な場所に生息していて、大半は土壌や海洋中で生きています。人などに寄生する回虫も線虫に分類されます。線虫の一種であるC. elegansは、体長が1mmほどととても小さく大量培養が可能という取り扱いやすさから、ラットやショウジョバエなどと並んで生物学の研究分野において、人などの多細胞生物のモデル生物としてよく使われています。
今回紹介するがん検査の研究にもこのC. elegansが使われました。あまり知られてないことですが、線虫は嗅覚が非常に優れていて、人間の約3倍、麻薬探知に使われるなど犬の約1.5倍といわれています。こういった特徴に目を付けたのが廣津博士です。以前より、がん細胞に特有の匂いがあることは知られてきていた中で、がん探知犬の話題を聞いた廣津博士は、犬よりも嗅覚がさらに優れている線虫にも探知可能なのではと考えて、研究をスタートしました。
メカニズムと利点
まず、片端に健康な方の尿を置いたシャーレと、がん患者さんの尿を置いたシャーレを用意します。続いて、各々のシャーレの真ん中に50~100匹ほどの線虫を配置して、その動きを観察します。健康な方の尿の入ったシャーレでは、線虫は健康な方の尿を置いた方とは別の端に逃げるように泳ぐのに対して、がん患者さんの尿の入ったシャーレでは逆に尿を置いた方へと泳いでいくという結果になりました。がん患者さんの尿の中には線虫が好む何かがあるものと推測されます。
少し話がそれますが、これまでの研究で、匂いは濃度によって感じ方が変化するということがわかっていて、好きな匂いも濃くすると不快に感じるようになると言われています。好きな香水でも、付け過ぎると逆に嫌な香りと感じる方が少なくないでしょう。実は線虫でもその現象が見られます。尿の原液では線虫の動きに違いは見えず、適切な濃度に薄めた時に前述したような顕著な動きの違いが見られるようです。この特徴が後述する応用の際に問題になってきます。
線虫での検査はこれまでの大がかりな装置を使うわけではないので、とても安価で数百円で済みます。さらに驚くのはその精度で、約9割にも上り、しかも早期のステージ0や1なども発見できるという結果もでています。がんの部位までは特定できないものの、がんがあるとわかった人だけに詳細な検査をすればいいので、無駄な検査を減らせるというメリットがあり、臨床応用の促進が期待されています。
薬剤師との接点は?
既に臨床開発は進みつつありますが、尿で診断できるということは、トイレにこのシステムを配置できれば、家庭で個人的にいつでもがん検査が簡単に行えます。ただ、患者さんの気持ちになってみると、素人が個人で検査を行うのが不安という方も少なくないでしょう。
これを考慮すると薬局のトイレにも配置することが想定できます。病院は敷居が高いけど、OTCを買いにふらっと薬局に寄って、そのついでに専門家の薬剤師の下でがんの早期発見をして、薬剤師に相談するという時代が来るかもしれません。がんの勉強はもちろん、こういった新しい検査法のメカニズムの勉強も今後の薬剤師には必須であると思います。ぜひ覚えておいてください。