人類は古来より様々な感染症と向き合ってきました。実際に、人の死因のメインは感染症でした。そのため、伝統医学である漢方医学の主要なターゲットは感染症であり、感染症予防には漢方医学が向いているといわれています。今回はコロナ禍ということも意識しつつ、感染症予防に効果的とされる漢方薬について見ていきましょう。

感染症の各段階を考察することが大事!

感染症といっても、いくつかの段階があり、どの段階を扱うのかによって対処方法が変わってきます。例えば、新型コロナウイルスの場合を参考にしてみると、以下に分けられます。(COVID-19 感染症に対する漢方治療の考え方(改訂 ver 2)より)

(1)まだ感染症の症状が何も見られない段階(無症状病原体保有者)
(2)軽症型(症状が軽く、画像の肺炎所見がない)
(3)普通型(発熱や呼吸器症状があり、画像の肺炎所見あり)
(4)重症型(酸素飽和度が低下、頻呼吸、拒食など)
(5)重篤型(人工呼吸器を必要とする人など)

漢方医学では、段階ごとに適した漢方薬が用意されています。今回は、感染症予防の観点から言及しますので、生活に支障がないレベルにとどめることを目標とし、⑴や⑵で有効な漢方薬を紹介していきます。

症状が出ていない段階で有効な漢方薬とは?

感染症蔓延においては前述した(1)の段階で抑えることができればベストだと考えられます。実際に病気になってから出てくる症状に対して対応することを得意としている西洋医学では(1)の段階を苦手としていますが、漢方医学は(1)の段階での対処を得意としています。

⑴の段階に適している漢方薬としては、補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)が該当し、エビデンスもきちんと存在しています。補中益気湯(ホチュウエッキトウ)やは、動物実験においてインターフェロンの産生を促進するだけでなく、IL-1αとIL-6の産生を抑制することが報告されています。一方十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)は、ヒト対象の研究においてNK細胞機能が改善されることに加えて、過剰な炎症の予防も示唆されています。

補中益気湯(ホチュウエッキトウ)や十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)は、「漢方薬の栄養薬」とも呼ばれており、手術後の体力回復など感染症予防以外でも幅広く使われています。

重症化を防ぐための漢方薬とは?

前述した(2)の段階は、軽い症状は出ているものの肺炎にまでは至っていない状態です。そのため、たとえ感染症にかかってしまったとしても、この段階で対処することができれば、生活への支障が少ないといえます。

この段階での典型的な症状としては倦怠感が多いですが、その他にも胃腸の不調、発熱、悪寒などがあります。症状別におすすめの漢方薬を以下に示します。

●胃腸の不調が気になる場合
香蘇散(コウソサン)+平胃散(ヘイイサン)

●発熱はあるが悪寒がない場合
黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)、清上防風湯(セイジョウボウフウトウ)、荊芥連翹湯(ケイガイレンギョウトウ)

●悪寒が特に見られる場合
・健康な成人や子供…葛根湯(カッコントウ)
・高熱が出た人…麻黄湯(マオウトウ)
・高齢者や倦怠感が強い人…麻黄附子細辛湯(マオウブシサイシントウ)

なお、有名な漢方薬である葛根湯は、IL-1αを抑制したり、IL-12を産生することで肺炎を防いだりする可能性があるというエビデンスが報告されています。

後遺症にも漢方薬は使える?

重症化しないまま回復しても味覚障害や嗅覚障害などの後遺症に悩まされる方もいるかと思いますが、これらの後遺症にも漢方薬が適しているのではないかと期待されています。

嗅覚障害に関係するのは嗅神経で、この神経は中枢神経とは違い常にターンオーバーにより再生脱落を繰り返しているため、神経障害が起きたとしても回復する可能性があります。嗅神経の再生には嗅球の神経成長因子(NGF)が関与していることが動物実験によって証明されており、嗅球の神経成長因子(NGF)は当帰芍薬散(トウキシャクヤンサン)や人参栄養湯(ニンジンヨウエイトウ)によって増加することもわかっています。

これらの研究結果から、漢方薬によって後遺症が回復する可能性があるといえます。なお、味覚障害は嗅覚障害の一種であるため、味覚障害でも同様の漢方薬を使うことができると考えられています。

予防から後遺症対策まで扱うことができる漢方薬の凄さが改めて理解できますね。ぜひ覚えておいてください。

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