子供の頃に薬は本当に苦いものだと感じた方も多いと思います。
そこで、嫌がるわが子に薬を飲ませたい親が言う殺し文句が「良薬は口に苦し」です。
子供でも納得してしまう「良薬は口に苦し」
薬剤師になってからも、患者さんとの会話で使う方も多いみたいです。
あの有名なメリーポピンズの映画の歌「A Spoonful Sugar」の中でも、薬は苦いという発想が歌われています。
誰もが知っていて、妙に納得してしまうこの不思議な力を秘めた言葉には、どんな歴史があるのでしょうか?
今回は、京都薬科大学名誉教授・岡部進先生の著書「くすりの発見・発見史」の中で書かれていることを紹介したいと思います。
意外と長い歴史を持つ言葉かもしれない!?
この言葉の歴史は正確には分かってはいませんが、「孔子家語」という孔子についての本の中に書かれています。
ただし、この本そのものが偽物とされていて孔子の言葉かは不明です。
また、後の漢の皇帝の劉邦が覇者になるまでを記した書物、司馬遷作「史記」の中で、劉邦の意見に対して家臣が反対をする時に薬が例に出されています。
「忠臣は耳に逆らえども、行いに利あり。毒薬は口に苦けれど、病に利あり」といって、忠誠なる家臣の言う事は聞いたほうがいいと説得する場面で登場しています。
少なくとも紀元前200年頃より前には使われていたことがわかります。
病気に有効な薬が何故か苦味をもっていたので、古代中国人は薬のたとえ話を考えだしました。
また紀元前2700年頃、「薬の神様」とされる神農は自ら百草を舐めて、毒草と薬草を分類した時に、薬として選ばれた薬草が口の中でたまたま苦味を有しただけと理解したとすることを踏まえ、岡部先生は神農の言葉ではないかと推測しています。
いずれにせよかなりの歴史を持つ言葉には違いないようです。
悪魔退治から見つけた苦い良薬
薬が苦いという概念は古今東西で変わりませんが、薬となり得るものを飲んだ結果苦味を感じるととらえた中国に対し、メソポタミア、エジプトでは別の解釈をしました。
中国に比べて豊富な生薬類に恵まれなかったこの地域では、治療薬の探索よりもまず病気の原因を考える思想がありました。
結果、病気は悪魔が原因であるという説が生まれました。この悪魔を退治するために、汚物や苦いものが薬として選ばれました。
やがてギリシャ時代になってもこの考えは伝承されました。
この時代に西洋白柳の樹皮が猛烈に苦いことが判明したので、悪魔を追い出すのに使えると、神経痛やリウマチなどに投与した結果、治ったそうです。
苦い樹皮からあの薬の誕生へとつながる
一方、イエズス会の修道士が、南米からキナ樹皮を持ち帰り、すでに知られていた効能と苦味から、マラリアに使用した。
これが抗マラリア薬のキニーネにつながります。
18世紀、英国のエドワードストーン神父は、キナ樹皮の原料不足から、代用品として、同じく苦い柳の樹皮を使用し、解熱効果を確認しました。
抽出技術が発展し、柳の樹皮からはサリチル酸が分離されましたが、苦く吐き気を催す作用がありました。
これを抑えるべく工夫されて、後に最も有名な薬であるアセチルサリチル酸(アスピリン)誕生につながる訳です。
「良薬は口に苦し」という言葉は言い得て妙な言葉という感じがしたのも、こういった長く深い歴史があるからなんですね。
薬剤師としては是非覚えておいて欲しいと思います。