人の設計図であるヒトゲノムの解読が完了してから現在に至るまで、ゲノム医療は日々ものすごいスピードで発展しています。今や、基礎研究のレベルを超えて、医療や創薬の世界にまでこのゲノム利用が広がりつつあります。今後、ゲノム情報は個人レベルで管理され、最大の個人情報になると予想されています。

病院や製薬企業などに勤務する薬剤師だけにとどまらず、今後は薬局に勤務する薬剤師であっても、ゲノムに関する話題は避けて通れなくなる日が来ると考えられます。今回はゲノム医療について一緒に考えたいと思います。

そもそもゲノム医療って何?

ゲノムはgenomeと表記される通り、すべて(-ome)の遺伝子(gene)を表すものです。生体の設計図(つまり生体の主要な構成成分であるタンパク質)すべてを意味し、人のゲノムはヒトゲノムとなります。このゲノム情報を用いて、遺伝性疾患の有無や薬の副作用の出やすさなど調べるのがゲノム医療です。よく耳にする遺伝子検査は、その代表的なものと言えます。

ゲノム医療はすごいという報道が多いので、ついついどんな病気もわかる、どんな病気も治せると思いがちですが、近年の研究では、生まれ持った遺伝的要因だけではなく、生まれてからの環境的要因もとても大事なことがわかってきました。もしゲノム医療について混乱している患者さんがいれば、ゲノム医療といえども万能というわけではない、という一言を添えて説明すると良いかと思います。

ゲノム創薬とそのメリットとは!?

ゲノム医療の一部として、ゲノム創薬があります。これは、ゲノム情報を応用することで、各個人の体質や症状に合わせた医薬品を開発することです。これまでの創薬の流れは、開発した薬を複数の人に服用してもらい、統計学的に大部分の人に効果的と判断されれば、薬として世に出るというものでした。この手法だと、当然効かない人も少数でてきますし、人によっては副作用も起こります。

ゲノム創薬では、各個人をターゲットにできるので、各々が自分に合った薬を服用できるようになり、まさにオーダーメイド医療と言えます。多くの病気に関連遺伝子が見つかってきている昨今においては、この手法による創薬はより有効だと考えられます。

ゲノム創薬のデメリットと薬剤師としてできることは?

前述した通り、ゲノム創薬が万能であるかというと、そうではありません。医療において絶対はないという原則がゲノム創薬にも言えます。ゲノム創薬時代になっても、医療人であればこの原則は忘れてはいけないことだと感じます。

たしかに、各個人のゲノムを調べれば、ゲノム配列から、どういったタンパク質が作られているかを予測することはできます。ただ、タンパク質は生体内では複雑な立体構造を取ることで機能を発揮するものです。この構造は生体内の様々な条件(pHや温度など)により容易に変化します。同じタンパク質でも構造が変われば、その機能に変化が生じます。ゲノム配列の解読では、作られるタンパク質の配列情報を基に、一般的にどういった構造を取るのかというところまでは予測できます。

ただ、どういった外的要因でどのように変化し、またそれにより機能にどういった変化が生じるかまでは予測が困難です。そのため、ゲノム創薬と併せて、環境要因となる生活習慣などの情報を考慮して、総合的に薬を投与することが大切になります。ゲノム情報を解読し、作られるタンパク質を予測するだけなら人工知能でも可能ですが、各個人で複雑に異なる生活習慣まで考慮することは人にしかできないことだと思います。医療人であれば、ゲノム医療時代になっても、引き続きゲノムではわからない部分も含めて、「その人全体をきちんと見る」ということが大事です。

今後は、各個人が時計のように普段身に着けるものの中に、ゲノム情報をインプットして持ち歩く時代が来るとも考えられています。例えば、薬局に頭痛のためロキソニン®を買いに来た患者さんのゲノム情報を薬剤師が見て、ロキソニン®で副作用が出やすいと予測できれば、違う鎮痛剤を勧めるなどの対処ができます。もちろん、前述したようにゲノムだけでは完全には予測できないため、生活習慣に関するヒアリングがこれまで以上に必要になります。逆に言うと、ゲノム情報があれば、これまで以上に生活習慣などヒアリングでわかる情報が活きてくるということです。
来るべき時代に備えて、ぜひ覚えておいてくださいね。