神戸大学 平井みどり先生のコミュニケーションコラム

4.必要な言葉を必要な人に必要なだけ

2017/07/21

相手に合わせて伝える情報を選ぶ

自分が年を取ったなと感じるのは、物忘れだけでなく、勘違い・思い込みが増えたことである。先日も、会議の時間を間違えて、会議室に行ったら誰もいない。おかしいな、と思ったら事務の方が探しに来てくれて、「ああよかった、心配してたんですよ、どこに行ったのかと」。

実は午前中にも別の会議に出席していたのだが、両方の会議に出席している方が「おかしいな、さっきまで一緒の会議に出ていて、お昼まで一緒に食べたのに」ということで、平井が徘徊して行方不明になったと思われたらしい(まあそれはちょっとオーバーですが)。予定表には記載していて、会議を忘れていたわけではないのだが、記載の時刻を間違え、2時間後ろにずれていた。理由はよく分からないのだが、おそらくその日は夜にも予定があり、それにずれ込む時刻だなあと思っていたのが思い違いの始まりなのだろう。

事務の女性は優しく「心配してた」と言って下さったのだが、同じ事を親戚の行事か何かでやらかしたら、娘にこっぴどく怒られるだろうなあと思った次第。というのも、従姉妹が母親(私の叔母です)の認知症発症初期に、間違いや物忘れに対してものすごく怒っていたのを見ていたからである。よく似たことがWebにも掲載されていた。スーパーマーケットで、高齢の女性がコーヒーを買うのを手伝った女性の話。女性は、最初はうまくコミュニケーションが取れずに手間取ったそうだ。高齢の女性が初期の認知症で、インスタントとレギュラーコーヒーの違いが分からなくなっており、「こちらが粉をお湯で溶かして飲むコーヒーですよ」ときちんと伝えなければならなかった、という話である。無事思い通りの品が購入できて、高齢の女性は「ああ助かった、これで息子に怒鳴られなくて済む」とつぶやいたそうだ。「インスタントはこっち」だけでは、若い人には伝わるが、認知機能の低下した方には伝わらないことに思いが至らなければならない。逆に役所の窓口などで、うっとうしいほど丁寧に何度も繰り返し念をおして確認されることがある。そこまで言わなくてもわかってるのに…、と思うのはこちらの修行が足りないのかなとも思う。先述のような高齢の方が来られたときには、くどいくらいに何度も言わないと、結局あとでまた二度手間三度手間になってしまうからだろう。まあ、そこまで言わなくても大丈夫な相手とは見られていない、ということを素直に受け入れる必要があるのかなと思うと、少しがっかりではあるが。

コミュニケーションを必要としている人は誰か

我々医療従事者は、専門職として提供するべきサービスやケアの内容が決まっている。そのため、それを過不足なく提供することに意識が向いていて、その提供の仕方まで配慮が行き届かないこともしばしばある。選ぶ言葉、しゃべるときの表情や声、視線など、気をつけなければいけないことは多い。

また、医療の提供は患者が対象であるが、ケアの対象は患者さんだけでなくそのご家族も含まれている。インスタントコーヒーを母親に頼んだ息子さんの例では、実はケアを提供する対象は、母親ではなくその息子さんなのかもしれない。母親の失敗を怒鳴りつける息子は、実は普段は母親思いのとても優しい息子なのだろう。事実、大切に思う人が壊れていく姿を見るのは耐えきれないのだという話はよくきく。そういうご家族に、必要な言葉はなんだろうか。「よく頑張られましたね」という言葉は、しばしば使われるけれども、そんなもので済まないよ、という人もいるだろう。共感的対応という言葉は一般的になりすぎた感はあるが、本当の意味で相手が「共感してもらえた」という域に達するためには、まだまだ超えるべきハードルがいくつもあるように思われる。

相手に伝えた言葉が、果たしてその人の必要としている言葉かどうか、常に反省する毎日ではある。

著者:平井 みどり
京都大学薬学部卒・薬剤師。神戸大学医学部卒・医師。神戸大学にて医学博士取得。神戸大学医学部附属病院の教授・薬剤部長を経て、現在、神戸大学名誉教授。
日本薬学会、日本医療薬学会他に所属し、日本ゲノム薬理学会、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会会長を務めている。

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