神戸大学 平井みどり先生のコミュニケーションコラム

5.生き残りとコミュニケーション

2017/08/18

非言語コミュニケーションで感情を共有していた類人猿

人類は言葉を使ってコミュニケーションしている。よく知られているように、言語によるコミュニケーションの歴史は浅く、それ以前の非言語コミュニケーションの歴史の方がずっと長い。類人猿もいくつかの言語に類似した方法を使ってコミュニケーションを行っているようであり、また手話やキーボード操作でヒトとコミュニケーションできる類人猿の研究成果も発表されている。ヒトがそういう形で無理矢理介入することの是非はともかくとして、類人猿に感情があり、それを言語的に表現できることを示した、ゴリラの「ココ」の話は有名である。

パターソン博士によって手話を教えられたココ(本名は「花火子~はなびこ~」というらしい。花火が上がる、米国の独立記念日が誕生日なので)は、研究費が打ち切られたために飼育施設に入らざるを得なくなった。ココの寂しさをまぎらすために博士が 、子猫の“ボール”(子猫の名前)を与えた。ボールを可愛がっていたココだが、ボールはココの檻を抜け出して車にはねられ、死亡。そのことを教えられたココは非常に悲しみ、また死の概念を理解していることを手話で表現したという。ゴリラですら、「死」という抽象概念を持っているわけだが、人間はなまじ抽象的な概念を日常的に操ることができるから、そこに余計な想像が加わって、恐怖あるいは不安などの心配事が勃発し、事態をややこしくしているような気がする。

大きな集団で生き残るための助け合い

家族集団だけだとゴリラのように「感情」の共有のための言語表現が主体だったのだろうが、家族以外のメンバーと狩猟などの共同作業をする上では、感情表現以外の言語が必要になる。そのため、客観的なネーミングが拡大したようだ。これらのことから、人間が家族だけで生活をしていた時代から、狩猟を行うようになり、集団を徐々に拡大していくにつれて、コミュニケーション手段としての「言語」が発達していった

アフリカから発した原人類が北上し、ユーラシア大陸に拡がってゆく過程で、生き残りのために生活集団を拡大していったのであろうが、互いに把握でき認識できる集団の大きさは150人程度と言われている。すなわち、この大きさ以下であれば感情的な交流もあり、容易にお互いを仲間として認識できるということで、逆にそのスケールを超えると仲間と認識するための手続きが必要になる。「地域包括ケア」を推進し、高齢者あるいは疾患を持つ人を地域でサポートする構想を国は進めようとしている。しかし、地域包括ケアの区域とされる中学校区で示される規模の地域の中だけで生活している人は、近頃では極めて少ないと思われる。従って、現代の地域医療は明確なモデルがない中で、心情的に繋がりの薄い人とも連携し協力し合いつつ、その地域に合わせた解決方法の構築に立ち向かっていかねばならない。これはなかなか難しいことであり、実際成功している事例は全国的にみても、そう多くないと思われる。

鹿児島県の徳之島は合計特殊出生率が2.18 と、2を超え、少子化を克服しているようにみえる。徳之島では、自治体の福祉サポートはもちろんのこと、ご近所や親戚が一緒になって、子どもの世話をすることが当たり前になっている。両親とも働いている家庭が多いようだが、ご近所の家で食事させてもうことは当たり前。子ども達は家族や同年代の子ども同士だけでなく、年代の違う人たちと一緒に暮らすわけだから日常的にコミュニケーションが上達するのは当然だし、また、人口減少の中で生き残ることの基本だろう。

言語に頼りきらず、お互いさまの気持ちを持って関係を築く

医療現場の患者対応で常にいわれるのが「共感的対応」である。最近は卒前教育でも「共感的対応」の学習は当たり前になっているが、「それは大変でしたね」と言うことだけが共感の表出ではないとは、誰にでもわかる。ではどうすれば?共感は感情の交流であるから、人類の歴史をさかのぼって、言語に頼らないコミュニケーションを行った方がうまくいくことがしばしばある。沈黙に耐えられずに、ついつい言葉を発してしまうことは多いが、そういうときの言葉は上滑りで、しゃべればしゃべるほど相手の気持ちが離れてしまう、といった経験はだれにでもあるだろう。共感を示すためには、お互いに仲間であると認め合える関係を作ることが理想的であるが、出会ってすぐに仲間と認め合うのは難しいこともある。大事なことは、「お互いさま」の気持ちを持てること、それが相手に伝わるよう努力することである。一言で相手が「共感してもらえた」と感じる魔法の言葉があればいいのだが、言葉だけで感情的な交流を行うのはやはり難しいようだ。

著者:平井 みどり
京都大学薬学部卒・薬剤師。神戸大学医学部卒・医師。神戸大学にて医学博士取得。神戸大学医学部附属病院の教授・薬剤部長を経て、現在、神戸大学名誉教授。
日本薬学会、日本医療薬学会他に所属し、日本ゲノム薬理学会、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会会長を務めている。

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