6.予防と統合医療での薬剤師の役割
2017/09/20
いいとこ取り?エビデンスが不明確?様々なイメージがある統合医療
統合医療とは何か?補完代替医療(CAM)や民間療法などと現代医療を組み合わせたものが統合医療、といった認識が一般的であるようだ。何か「いいとこ取り」のイメージがある。一方で健康食品など、一般的な保険診療とは異なる方法による有害作用が発生したり、高額な費用を支払った挙句見放されたりするなど、CAMにまつわるマイナスイメージも根強く存在する。「統合医療」に係る情報発信等推進事業のウェブサイトには「統合医療」に関する情報が掲載されており、現在明らかになっているエビデンスも示されている。しかし、きちんとした臨床試験の結果に基づくエビデンスは必ずしも多くなく、あってもエビデンスレベルは高くないものが多い。
コミュニケーション不足も統合医療が求められる理由の1つ
ではなぜ、CAMがこれほど議論の対象になるのか?それはCAMを実践したい人が数多くいるからである。なぜ多くの人がCAMに希望を託すのかといえば、抗がん剤等による標準治療が無効になったときに、何かないのかと探してやっと見つけた最後の拠り所といった面があるからだろう。また「石油から作った西洋薬」よりも「自然の恵みであるハーブ」などの方が「体に優しく病気を治す」といった漠然としたイメージがあるからではないだろうか。
最近では「告知」「インフォームドコンセント」が一般化しているが、ナースステーションの隅っこの机で、高齢の患者さんから見れば孫くらいの年齢の若い医師が「○○さんの大腸がんはステージ△△ですから、標準治療の◇◇をまず行います。×月×日より・・・」といった説明を極めて事務的にしたら「よかったよかった、ちゃんと説明されて良く解った」とは決してならないだろう。「え?それって本当に私に合った治療法なの??」という疑問が生じるのも無理はない。医療人の感覚とは違って、一般的人は「標準治療」と聞くと「並の治療」と思ってしまい、「もっといい方法があるんじゃないか」と思ってしまうようだが、それに若い主治医は答えてくれない(答えられない)。治療の最初からコミュニケーションギャップが生じているわけで、この状態だと、ほんの少しの副作用についても不安感がどんどん膨らんでしまい、「この治療を続けるのは間違いではないか」となってしまう。そういったところに、「副作用のない、あなたにぴったりの方法がありますよ」と言われると、つい乗り換えようという気にもなるだろう。
治療とは「病気を直して元どおりの健康体に戻す事」だと一般に考えられているが、生活習慣病や、高齢者の場合は治療によって全くの健康体に戻る事は期待できず、生活習慣改善を含めた長期の対応が必要になる。現在の保険診療は、そういう対応に対して必ずしも十分な報酬体系になっておらず、いきおい慢性的人手不足の医療現場では、生活指導を個別にきめ細かく行うよりも、薬を出して、「はいお大事に」となってしまう。CAMは、エビデンスレベルは低いかもしれないが、患者本人が納得して積極的に取り組むのであれば、苦しい副作用がある抗がん剤投与を嫌々うけるよりも患者にとっては良い結果を生じる場合があるかもしれない。
薬剤師と医師の連携が患者さんにとって最も良い医療を提供する
CAMが問題なのは、「西洋医療は身体を弱らせるだけ、この○○療法なら自己治癒力を高めてがんを治す」といった文脈で、現在の保険診療を全否定するからである。CAMが得意な場面もあるわけで(抗がん剤による吐き気に鍼が有効、というエビデンスがある)標準的な治療を適切なCAMと組み合わせることで患者のQOLが改善すれば、満足度も高まり医療への信頼性も強まるだろう。個別の患者の状況に配慮し、CAMと保険診療を適切に組み合わせたり、あるときはどちらかを優先させたりする事が真の統合医療と言えるのではないか。
9月2日~3日、神戸で「エビデンスに基づく統合医療研究会(eBIM研究会)」を開催して思ったのだが、CAMは「病気の治療」に用いるから問題が起こるのであって、それよりも病気を発症する前の、いわゆる「未病」の状態にある「一見健康な」人対象に実践するのが元来の姿ではないだろうか。生活指導から最先端治療までを統合し、患者の個別的な状態を優先して様々な方法を偏見なく選択し組み合わせる医療を統合医療と呼びたい。しかしそのためには、患者の状況をしっかりと把握する事が必要で、単に検査値を参照するだけでは不十分である。ではどうすればよいのか。必要なのはコミュニケーション力であり、聞き取るチカラなのだ。以上述べた内容は、医師に限った事ではなく、そこまで出来ない医師、そういった意識のない医師をサポートし、場合によっては教える存在として、薬剤師への期待が高まっている。健康茶で高血圧になることもある、という事実を知らない医師も多い、というか思いつかない医師が多数派である。薬剤師が専門的視点を活かして医師と連携し、コミュニケーションを密にすることで、時宜を得た適切な介入が行われれば、健康寿命の延伸が可能になるだろう。介護を必要とする人を減らす事が、地域連携・地域包括ケアの最大の目標だと思うが、そういった場面でのキーパーソンになるのは薬剤師でも可能だし、むしろ健康人とも薬局で接している薬剤師に、積極的に担っていただきたい役割であると考えている。
- 著者:平井 みどり
- 京都大学薬学部卒・薬剤師。神戸大学医学部卒・医師。神戸大学にて医学博士取得。神戸大学医学部附属病院の教授・薬剤部長を経て、現在、神戸大学名誉教授。
日本薬学会、日本医療薬学会他に所属し、日本ゲノム薬理学会、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会会長を務めている。