神戸大学 平井みどり先生のコミュニケーションコラム

1.「患者さんとのコミュニケーション」誤解していませんか?

2017/04/28

コミュニケーション=「服薬指導」なのか?

薬学部が6年制になって久しい。6年制カリキュラムの特徴は、臨床科目が増えたことと、倫理、コミュニケーションに関する教育が必須になったこと、といえるだろう。薬剤師免許取得者の多くが医療機関に勤務する現在では、患者と接する事抜きで仕事をする薬剤師の数は極めて少ないのではないだろうか。しかし、筆者が薬学部で学んだ40年以上前、当時社会で薬剤師として仕事をされていた、かなり年上の方々は、患者と直接接しなくてもいいから、あるいは座っていてもできる仕事だから、といった理由で薬剤師を選んだ方が結構おられたように思う(個人の見解です・・・こう書くことで何でも許されるわけではありませんが)。というわけで、現在コミュニケーションといえば対患者、さらに言えば「服薬指導」という図式が定着しているように思われる。しかし、病院実習をうけている薬学生が当然のように「介入」「指導」という言葉を使う事に関し、筆者は違和感を感じ続けている。本当に、「介入」「指導」という言葉が意味する、「正しい」情報を「情報弱者の」患者に伝える、という図式で良いのだろうか。

コミュニケーションが人を繋いだから、人類も発展

コミュニケーションとは一体何だろうと考えさせられることが、日常的にしばしばある。コミュニケーションを意識するのは、それが上手く行かなかった(と自分が考える)ときが殆どであり、特に問題を感じないときにはコミュニケーションは意識にのぼってこない。
そもそも人間が言葉を使って抽象的概念も含んだコミュニケーションを行うようになったのは、アフリカに発生した現人類以降と考えられるが、脳の容積だけで言えばネアンデルタール人の方が現人類よりも大きい。ネアンデルタール人は氷河期にも負けない、獣肉主体の食事によるガッチリした筋肉質の身体をしていたようで、それに比べると現人類は華奢でひ弱な印象を受けるが、現実は強靱な体格で脳の容積も大きいネアンデルタール人を凌駕して地球上のあらゆるところに生息範囲を拡げたのが現人類である。
なぜそうなったかというと、現人類はいわゆる「認知革命」を生じ、その結果抽象思考とその共有ができるようになったため、生存に有利になりそれまでの原人にとってかわった、と説明されている。即ち、抽象的思考に基づくコミュニケーションが可能になったため、共同作業がよりスムーズに行えるようになり、やがて不安定な狩猟採集生活から定住する生活に至ったということらしい。定住によって人口がふえ、やがて国家が出現、国家を維持する人々を繋ぐのは、言語によるコミュニケーションである。

コミュニケーションが治療の質を向上させる

医療は人類の出現と同時に発生したものであると筆者は考えているが、その当時は経験値の集積プラス卓越した能力を持つシャーマンが、健康上のトラブルを抱えた人を、凡人にはない能力で治療していたものと思われる。しかし、認知革命・農業革命以後は、文字の発生を含む知識の蓄積が、医療を飛躍的に発展させたものと考えられる。少し昔、科学的な医療の中にも前科学的な「経験」「勘」といったものの入る余地が結構残っていた。今もそれは若干残っているかもしれないが、エビデンスが周知されていない医療行為に対する社会の目は厳しい。エビデンスに基づく、科学的な根拠に依って立つ「健康保険で認められた医療」以外の行為は、ほぼ認められないか、自費診療として高額の費用を支払わなければならない。
しかし、原点に立ち返って考えると、医療=手当て=実際に手を当てると痛みが和らぐ、といったことから発しているわけだから、患者と医療者の良いコミュニケーションが、治療の質を向上させることは間違いない。直接治療に携わる医師に、良いコミュニケーションを実践出来る能力が必要な事は言うまでもないが、薬剤師も医療人のひとりとして薬を通じた治療に直接関わる訳であるから、こちらも良いコミュニケーションの実践が必須である。対応一つで薬の効果・副作用に差がでることは、現場の薬剤師は少なからず経験していることだろう。

患者の思いに応え、心が繋がるコミュニケーションを

繰り返し強調したいのは、「正しい」情報を「情報弱者の」患者に伝える、という図式は既に破綻していること。20年程前に相次いで発刊された「服薬指導マニュアル」の類いは、基本的素養として必要だけれども、そこの範囲にとどまっていては患者の「思い」に応えることはできない。患者とのコミュニケーションを「業務の一つである“服薬指導”」と捉えるか、「新たな人間関係から生まれる興味深い化学反応(最近この言葉をよく聞きます)」と捉えるかによって、仕事の質も変わるだろうし、仕事をしていての満足感も違うだろう。そしてそれはとりもなおさず、患者さんの治療効果に反映するもの、直接的に「よくなる」ことがなくても、「心の繋がり」ができたことによる満足感、スムーズな治療継続を可能にするものである。

著者:平井 みどり
京都大学薬学部卒・薬剤師。神戸大学医学部卒・医師。神戸大学にて医学博士取得。神戸大学医学部附属病院の教授・薬剤部長を経て、現在、神戸大学名誉教授。
日本薬学会、日本医療薬学会他に所属し、日本ゲノム薬理学会、日本ファーマシューティカルコミュニケーション学会会長を務めている。

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